自室で息をして

あ、苦しい。そう気づいてやっと、自分が息を止めていたことを知る。
巷で「電子メール無呼吸症候群」などと呼ばれている症状に近い気もするけれど、何もわたしはパソコンやスマホの画面に向かっている時だけ呼吸を忘れるわけではない。

片づけをしている時、着替えている時、本を読んでいる時、食事をしている時、何もせずただぼーっとしている時でさえ「……っは!」となってようやく気づくのだ。
それらの共通点は、いつも自分の部屋で起こるのだということ。

完全リモートワークになって9ヶ月目。
日がな一日、6畳のワンルームでひとりじっと座っていると、さすがに気が滅入ってくる。そのことと呼吸が止まることは、きっと無関係ではないのだろう。

どこでもいいからここじゃないどこかへ行きたい。誰でもいいから誰かに会いたい。
根は引きこもりの人見知りであるくせに、切実な気持ちがだんだん抑えられなくなってくる。

寒さにおっくうがる身体をなんとかなだめて準備をし、昼休みに散歩に出た。
とにかく人に会いたい、人を見たい。笑っちまうくらいそう思いつめた心の中に引きずられ、無意識のうち人の多い方へ多い方へとふらふら足を運んでしまう。
多いといっても平日の昼間だから、たかがしれているのだけれども。

いつもと違う曲がり角を進んだ先は、くねくねと入り組んだ住宅街で、もうそろそろだろうと思うくらい歩いても、なかなか思っていた商店街に到達しない。
家から10分と離れていない場所のはずなのに、途端に知らない世界に迷い込んだような気持ちになる。

強い向かい風がやたらと吹きつけ、歩を進めるごとに目の中に細かいごみが入るので、何度も立ち止まって目を瞬く。
毎日手入れしてやってるのだから、こういう時こそまつげはちゃんと仕事をしないか。

マスク越しにたくさん息を吸って吐いて、知らない道をでたらめに選び、いつもの古書店をひやかして、ドラッグストアでチークを買い、背中にうすく汗をかきながら家に着いたら、ぴったり昼休みが終わった。
手洗いとうがいをすませ、定位置(6畳ひとまの奥、こたつに置いた座椅子の上、どでかいデスクトップPCの正面)に座る。

すると、伸ばした右足がじんわりと痛い。1時間もてくてく歩いている時は大丈夫だったのに、家を出る時、階段を踏み外して捻ったやつが今になって出てきたらしい。
ラインで恋人に症状を伝えると、たぶん捻挫やろう、歩けるならまあ大丈夫と言われる。捻挫ってよく聞くけど結局何なんとたずねると、そりゃ捻って挫くことやと言われて合点。

年末年始のおまつり感も消え失せて、すっかり代わり映えのない日常の日々。
今日もやっぱりやる気は出ない。というか脳のしくみ的に、何事もやり始めないことにはやる気は出ないのだ、とこの前ツイッターで見た。

でも、皆さんご存知のとおり、そもそもやり始めるのが難しいのだ。
どうしたもんかねえと軽やかに絶望しつつ、とりあえず生きている心地を最低限保つため、この文章を書いてみることにした。

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