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夢日記:2020年5月2日

わたしは高校生で、運動部のマネージャーだった。
黒い髪を長くのばした夢の中のわたしはびっくりするくらいかわいくて、けなげでまじめでまっすぐで、お世辞にも現実のわたしと似ているとはいえない。まるで少女漫画の主人公みたいに可憐な女の子だった。

部員同士が喧嘩をすれば、目に涙をためながら必死で仲裁に入り、すると彼らも「マネージャーがそう言うなら……」とおろおろしながら諍いをやめた。
そしてありがちなことに、わたしは部員の一人であるAくんのことが好きだった。

Aくんは、他の男子とはまるで違った男の子だった。
すらっと背が高くて、どこか大人びた雰囲気の漂う彼は、男子にも女子にもとても人気があった。

誰もが彼のそばにいたがった。
いつも周りには人だかりができていたが、彼自身は人気者らしくはつらつとしているわけではなく、むしろ一人でいることを好んでいるように見えた。目の奥はいつも静かに澄んでいた。
告白する女子も少なくないようだったが、必ずみんなふられていて、でも彼女もいないらしいという噂だった。

一方のわたしも、そんな彼に積極的にアピールすることはできなかった。
一部員として以上の接触を図ることはなく、特別扱いすることもなく、ただ陰ながらずっと想っていたのだった。

ある日、カワセミに似た鳥が教室の中に迷い込んだ。
掃除の時間だったように思う。教室の真ん中に立っていたわたしは、その鳥とばちっと目が合った。
すると次の瞬間、鳥はわたしをめがけてまっしぐらに飛んできて、そのとがったくちばしの先で首すじに思い切り噛みついた。

あまりにとっさのことで抵抗もできず、首に鮮烈な痛みが走った。
鳥はまだ噛みついたままである。小さく叫びをあげながらおろおろしていると、Aくんが駆け寄ってきて鳥のくちばしを引き離し、外へ逃がしてくれた。

「血が出てる。保健室行こう」
そう言うAくんに促され、わたしは教室をあとにした。
後ろから、気の強そうな女子の「一人でも行けるでしょー!」という声が追いかけてきたことを覚えている。

保健室は別校舎の離れた場所にあったため、しばらくの間Aくんと並んで歩くことになった。
ふとAくんのほうに目をやると、その手のひらから血が出ていることに気がついた。
「血が出てる! 大丈夫?」
とっさに手をとって自分のハンカチを当てると、Aくんは笑った。
「君は変わらないね。2年前、陸にもそうやって優しくしてくれた」

陸。誰のことかわからなくて黙っていると、Aくんは続けた。
「覚えてないかな? 河川敷で転んだ陸のこと助けてくれたでしょ。そのあとも優しくなぐさめてくれててさ」

2年前。河川敷。
そう言われてよみがえってきたのは、2~3歳くらいのちいさな男の子の記憶だった。あの子はAくんの、
「弟さん?」
それとも甥っ子さんかな、と思いながら気楽に聞くと、一瞬の空白ができた。
「いや、息子」
「……え?」
「俺の息子なんだ、陸は」

うそでしょ? と笑い飛ばすことも、相手は誰なのかと問い詰めることもできなくて、わたしはただ、
「……そうなんだ」
と静かに言った。Aくんも、それ以上何か続けることはしなかった。

「先生いないね」
到着した保健室は電気が消えていて、先生の姿も見当たらなかった。

「きっとまたさぼってるんでしょ。薬出すからそこに座ってて」
Aくんは棚から手際よく薬を取り出すと、わたしの前に並べた。
「それ、適当に塗っちゃって大丈夫だから。でも念のためちゃんと診てもらったほうがいいと思うから、ここで待ってて。俺先に戻ってるね」
そう言い置くと、Aくんは保健室から立ち去った。

「あれ、ごめんごめん。どうしたの?」
しばらくしてやってきた保健の先生と話すのは、そういえば初めてのことだと気づく。

彼女は、まだずいぶんと若く見えた。
化粧っけがなく、髪も無造作に束ねているだけなのに、どこか垢抜けた雰囲気が漂っている。学生といっても通用しそうに思えた。
生徒ではなくただ目の前の人間に向かって話しているのだという口調も相まって、先生よりもお姉さんというほうがしっくりくるような人だった。

「首のところを怪我しちゃって。Aくんが出してくれた薬を勝手につけちゃったんですけど」
すみません、と小さく言い足して、ようやくわたしの頭にちいさな疑問が浮かんだ。どうして彼はあんなに手慣れた様子だったんだろう。
「ああ、そうなんだ。うん、傷もそんなに深くないし大丈夫そうだね」
驚いたふうもなく薬と傷口を見やって、彼女はにこっと笑った。

なんの根拠もなかったけれど、直感的にわたしにはわかった。
陸くんは、きっとAくんとこの人の間にできた子供なんだろうと。

その日を境に、Aくんとわたしは親しくなった。
といっても、恋愛関係になったわけではない。秘密を共有できた安心感がそうさせたのだろうか、彼が誰かと話すときに必ず引いていた一線が、わたしに対してはなくなったような感じだった。

ある時、彼はわたしにプレゼントをくれた。
開けてみて、というのでその場で包装を解くと、それは青い石がたくさんついたピアスだった。

とてもきれいだったけれど、ちょっと驚いた。
なぜならわたしは赤やピンクといった暖色が好きで、普段身に着けるのも周りから贈られるのも、そんな色のものばかりだったから。

わたしの困惑を見て取ったのだろう、彼は照れくさそうにこう言った。
「俺の中で、君は青のイメージなんだ。みんなとはちょっと違うかもしれないけど」

その時から、青はわたしの色になった。

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