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意識高い系の本を読みすぎたキリギリス

『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン を読書中。タイトルからは想像ができないかもしれないが、時間管理術の本ではなく、人間側のマインドチェンジ提案書だ。

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「生産性」の考え方にとりつかれると、生産性を高めるために休憩し、余暇さえ「有意義に」休もうと考えてしまう。自分の時間を取り戻すためには、「時間を最大限に活用」するという考え方を離れることだ。

NIKKEI STYLE

経済心理学で「時間割引率」という言葉がある。
ある報酬の将来の価値(遅延報酬)が、現在の価値(即時報酬)よりどれだけ低く感じられるかを時間による割引率で考えることだ。
簡単な例えで言うと、1年後に1万円もらえる約束より、今9千円もらえる方を選ぶ行動を「時間割引率が高い」という。割引というナイスな単語だがイメージと逆で「高い」ほど「将来のことを考えない短絡的な行動」ということ。もっと簡単に言えば、

アリとキリギリスで
冬に備えてせっせと備蓄品をためるアリ……時間割引率が低い
将来には備えず、今を謳歌するキリギリス……時間割引率が高い

という感じ。時間割引率を低くするのが良い行動で、
将来の健康のために、今、運動しておく とか
老後のために、今、貯金をしておく とか
そういう感じ。

私は以前、完全にキリギリスタイプだった。今そのものを楽しんでいた。無防備だったけれども、めちゃくちゃ楽しい人生を送っていた。適当に仕事をし、友達との時間を最優先していた。あとで慌ててもいいから、今、みんなに頼まれた作業を率先してやっていた。ボランティアが多かったし、毎日がある意味忙しく、そして充実していた。

その後、なぜか意識高い系のセミナー、特にその手の本にどっぷりハマり、沢山の自己啓発本を読んだ。おかげで生産性は高くなり、効率は良くなり、苦手なものは頑張らないという考え方も身につき、IT技術を使うための環境も整備された。当然、収入も増えた。

それでも私は焦っていた。自己啓発本を読めば読むほど、自分に足りないものを知るはめになった。特に足りないのは「時間」だった。時間管理術にハマって、関連の本を数十冊は読んだ。無駄な時間を可能な限り少なくするために、隙間時間に予定を詰め込んだし、それがうまく回るように集中力についても勉強し身に付けた。生産性を上げるために、自分一人でやらないという方法も学び、そのためにチームワークも勉強した。
色々なスキルが身について、私は仕事をこなすのが早くなり、そして空いた時間をまた仕事で満たした。

起きている時間を有効に使うために、寝る時間も充実させた。脳が最も効率よく活動するのは、夜寝る前ではなく朝起きた後だということが分かって、朝型の生活にもした。友だちと楽しく飲んだくれて、朝帰りする生活から、たっぷり7時間寝て朝活する生活に変わった。もちろんそれで良かったこともたくさんあるんだけれども。

今、そのものを楽しむキリギリスはどこいったんだろう。

例えば私、昨日は買い物に向かうために道を歩いていた。道を歩いていること自体は楽しまず、買い物リストのことばかりを考えていた。どんな花が咲いていたか、どんな人とすれ違ったか、覚えちゃいない。そもそもなぜ歩くかと言えば、読書(耳で聞く)をする時間の捻出のためだし、将来の健康のためだ。
次に買い物をしてる時は、リストをひとつずつ消していくことに一生懸命で、頭に浮かぶのは買ったもので作る夕食の調理手順。歩くと脳が活性化されるので、色々な仕事のアイディアを思いつくから、それもスマホに入力しておく。今どんな果物が旬なのか、目で味わう時間はあまりなかった。リスト以外のものを購入することは、無駄遣いにつながるし、そもそも貴重な時間が減るのだ。

さて私は、買い忘れに気がつき、重たい買い物袋を持ったまま、売り場に戻った。けれどもお目当てのものはなく、駅の反対側にあるドラッグストアへ向かった。そこでもお目当てのものがなく、結局ネットで買うことになった。ちょっと前の私だったら「最初からネットにすればこの時間は節約できたのに」と思って、時間を無駄にしてしまったことを大いに反省していただろう。そして、二度とこのように時間を無駄にする行為をしないよう、仕組みづくりを考えていたに違いない。

でもそうすることって本当に、時間管理なんだろうか。時間を節約して、何をするための時間を作ろうとしているのだろう。

将来ゆったり余裕をもって暮らすために、貯金をする。今味わえる喜びに蓋をして、とにかく将来に備えるのだー。将来の時間の為に、今の時間を犠牲にするのだー。将来将来、将来が来たらまたその先の将来。

私は立ち寄った店からバス停に向かったが、その途中のスターバックスで、売り切れたと思っていたグッズを購入することができた。店員も「わ。これ、残ってたんですね! すぐなくなってしまったんですよ」と驚くぐらい(笑)

「セレンディピティ」(「幸運な偶然を手に入れる力」を意味する)という言葉がパッと浮かんだ。つまり、私は遠回りをしたからこれを手に入れることができたと思う発想回路。

いや。ちがうだろ(笑)

自己啓発本に頭を支配されて、私の頭は、すぐそういう言葉を想像するようになってしまった。

私の頭どうかしちゃってるわ

私はカフェのベンチに座り、シナモンがたっぷり降りかかったコーヒーを心ゆくまで味わった。以前の私だったら、バスの時間を検索し、その時間までと区切ってコーヒーを飲んでいただろう。飲みながら、スマホを開き、メールチェックをしたり、なんなら1つや2つ、仕事を片付けていたかもしれない。それが効率が良いと思ってたのだ。そもそもこの400円のコーヒーだって、今を我慢して老後に備えれば良かったんじゃないのって、買ったことに罪悪感を覚えていたかも。

バスの時刻表を調べたいという激しい衝動を抑えつつ

「私の頭どうかしちゃってるわ」

と思いながら、秋の高い空を眺めてコーヒーを心ゆくまで味わった。バス停で待つことになってもいいじゃないの。空はこんなに美しいんだから。

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