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このご時世にCDが発売日に完売し1か月で4刷いった事態の裏側

突然ですが、
最近読んだ本の中でもっとも共感した一冊がこちら。

「編集」の活動の範囲が広がってるよね、という前提から作られている一冊で、
1ページ目には「編集者」の定義として、

ここで取り上げている編集者とは、言うならば、「自らを媒体に、人/歴史/産品/知/土地といった文化資源を複合させて、新たな価値を生み出す人々」と定義づけることができます。 

 と書かれています。


私自身、「メディア」の定義・中身がめちゃくちゃ多様になってきた今、音楽にかかわる「編集者」がやるべきことって雑誌やウェブメディアや書籍をライターさんやカメラマンさんと一緒に作ることだけで終わってはいけない、もっともっとやるべきことがある(そうでないと世の中にこべりついてる価値観を変えたり文化の一欠片を作ったりできないし、声を上げても井戸の中にしか届かなくて、自分が広めたいと思うアーティストの魅力が広がりきらない・表現しきれない)、といった危機感があり、昨年より「音楽編集者」という肩書きをつけてより幅広い意味での「メディア」とかかわる仕事をしています。

 自分なりに「音楽編集者」を定義づけるなら、
 人・文字・映像・写真・知・場・SNSなどを編んで、アーティストの才能や世界観を最大化させながら受け手に届くコンテンツを作る仕事、でしょうか。 

まだまだ世の中的には「編集者」とは書籍や雑誌やウェブメディアを作る人、というイメージが強いからこそ、「編集」や「メディア」の意味・定義を時代に合わせて更新した上で編まれたこの一冊には「仲間を見つけた!」みたいな感動がありました。

この本で取り上げられている編集の事例は、決して派手でバズるものばかりではないけれど、人間が深く思考して温度を持って作られたものばかりで、アイデアの宝庫でした。



という、「音楽編集者」としての仕事の中で、

最近起きた嬉しい事態が、表題の件。

辻本美博さんのアルバム「Vermilion」が1か月内で4刷を達成!

辻本美博さんとは、関西発のエンタメジャズバンド「Calmera」や、メルテンさん(JABBERLOOP / fox capture plan)・YUKIさん(JABBERLOOP)・Gottiさん(Neighbor's Complain)とやってるバンド「POLYPLUS」、さらに様々なアーティストサポートや劇伴などで活躍する人物。
2月24日にリリースされた、彼のクラリネットプレイヤーとしての1stソロアルバムが「Vermilion」。

CD全盛期の終焉を迎えてしまってさらにコロナで外に出づらいこのご時世に?しかも作品はサブスクにも出てるのに?1か月の中で4刷????そんなことある?期待を上回り続けすぎじゃない?スタッフ側の見積もりめちゃめちゃ甘かったやん????

とか、いろいろツッコミどころはあるのですが、

発売前からタワーレコードやディスクユニオンの予約チャートで1位を獲得し、発売日当日には全国のCDショップやAmazonで在庫切れになって、1か月で4刷にもなるなんて……「こんなこと2021年に起こり得るんや?」という事態です。

なぜこの結果を生み出せてるのか?

レーベルやマネジメントスタッフの皆様の努力あってこそというのは言うまでもないですが、一番は辻本さんご本人が、この1年は「(100%ではなく)1000%で頑張ります」と掲げてマジで1000%の情熱を持ってプロモーション(「プロモーション」というとビジネス臭くなりますが、シンプルに、作品を一人でも多くの人に広めること)を手を抜かずに行動し続けている成果だと思わされます。

どんなに金かけた巨大プロモーションよりも、結局はUGC(=Twitterでのツイート、Instagram Storiesでのシェア、YouTubeやTikTokでの二次創作など)が一番強い2020〜2021年。むしろ「UGCをたくさん生むためにどうプロモーションを仕掛けるか?」という発想にもなっているわけですが、やはり基礎として、本人側の発信の仕方で熱量高いUGCを増やすことができるか否かは大きく左右します。この辺りの事例や手法を書き出すとそれだけで数千字いくのでここでは割愛しますが、ざっくり言えば、YOASOBIも受け手が応援したくなる発信の仕方がとても上手いし(しかもある時期まではYOASOBIのスタッフさんがエゴサの鬼で「YOASOBI」と書かれたツイートには必ずいいねが付いていた)、ヒゲダンもバンドアカウントは各SNS抜かりないしギターの小笹大輔さんのツイートはいつも上手い。

令和時代における人に伝わる発信とは、「情熱×情報×ユーモア」の方程式(あとは投稿のタイミング)だと私は考えています。 


大変ありがたいことに、
辻本美博さんのアルバム「Vermilion」のスタッフクレジットに「Promotion Yukako Yajima」と私の名前を入れていただいてます。

実際にやったこととしては、本人とマネージャーとともにミーティングをして辻本さんや「Vermilion」を伝えていくために相応しいメッセージやブランディングに適切なテーマと筋道を摺り合わせた上で、主にオフィシャルサイト制作において手を動かしました(肩書き的にはディレクター兼ライター)。

プロモーションやブランディングの方向性のすべてを語るのは野暮だと思うので、一部だけ。こちらはブレスト時の私の超雑なメモの一部。

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「Vermilion」のオフィシャルサイトは、
「ここにいけばVermilionの情報がすべてわかる」という、情報が集約されているページにすることは当然として、ただそれだけなく、いろんなものを仕込んでいきました。

エンジニアとウェブディレクターの仕事を担ってくれたのは、辻本さんが所属するバンド「Calmera」のベーシストであるHIDEYANさん。 

デザイナーは、辻本さんがもうひとつ所属するバンド「POLYPLUS」のロゴやアパレルなども手掛けていてオフィシャルカメラマンも務められている、黒木治さん(http://edeninc.jp/)。


では、以下にて、
最近自分が考えてることも交えながら、
サイトにおいて、みんなの工夫や知恵が集結したコンテンツを細かく分解していきます。
(自分の整理のために書き始めましたが、何かの議論のきっかけや誰かのアイデアの種になれば幸いです。)


1)キャッチコピー

上記のブレストを終えて、アルバムを何周も聴いたうえで書いたキャッチコピーがこちら。

窮屈な生活でたたかうあなたに、音の花束を

アルバムにこういった方向性のキャッチコピーをつけるのは珍しいですが(こういった概念的なものよりも具体的なことを並べるケースが多い。再生回数の数字とか、どこどこで話題とか、ジャンルとか)、
コピーを提出したときに辻本さんに伝えた主旨は下記の通り。

みんなが日常的に使う言葉だけを使って、読んだ人が自分ごと化してスッと入りやすいようにと思いました。
Calmeraが「元気ギンギン」「乾杯」「笑い」でみんなにエネルギーを与えるのであれば、つーじーソロは花束をプレゼントするかのように上品にエネルギーを与えてあげられるもの。 Vermilionのジャケットのモチーフが花束のようにも見えるので、このジャケットに「花束」という言葉が乗ってるとスッと深く入りやすいかなと思いました。
アルバムを再生してすぐに耳に入ってくる1曲目「Wall Painter」の生活音・街の音が特徴的で、再生した瞬間、自分の生活と地続きなんだけど違う場所へ連れ出してくれるような感覚があるので(自分の生活を「否定」するではないんですよね。だから完全に異世界ではなくて、あくまで地続きのような感覚)、「生活」に関連させた言葉を入れるといいいなと。「窮屈な生活」はコロナの自粛という意味もあるけれど、オープンチャット見てるとみんな仕事や病気などの窮屈さと日々戦ってるので、大きな意味での「窮屈な生活」というふうにも捉えられるなと思います。そしてなにより、生活の中で聞いてほしい、リビングや自分の部屋で流してほしい、生活に寄り添って彩る音楽だと思うので。
「戦う」にしてしまうとちょっとFIGHT感(拳や武器もってる感じ)が強く出てしまうので、あえてひらがなで柔らかく「たたかう」にしました。
あえて「クラリネット」をキャッチコピーには入れていないのは、この作品はクラリネットが主役ではあるけれど、他の音も全部大事な役割を担っててすべての音が入って成立してる音楽であり、「クラリネットの音楽」と言っちゃうと自分ごと化できない(自分の知らない音楽だと思っちゃう)ようなリスナーにも届けられる、誰にでも親近感を持ってもらえる作品であると思ったためです。



2)ミュージックビデオ欄に解説を付ける

通常オフィシャルサイトにYouTubeを埋め込むだけのケースが多いですが、今回は辻本さんにMVの紹介コメントを書いてもらって、サイトのミュージックビデオ欄にも掲載しました。本人の紹介・解説コメントが一言二言あるだけで、「お、見ようかな」と思ってもらえるきっかけになったり、「ここで書かれてることを理解するためにもう一度見てみよう」とリピート再生につながる要素になったりします。

今の時代、サブスクやYouTubeの1再生を侮るなかれ。
「1再生」や「1口コミ」の積み重ねを世の中はバズと呼んでいるだけのこと。

(そのためにやれること・やるべきことはマジで無限にあって、アーティストもスタッフも手を動かす量が膨大で大変になっている昨今)

僕がクラリネットと出会いそして音楽的にも人間的にも育ててもらった奈良の思い出の地をめぐりながら撮影させていただきました。 音楽・演奏を届けると同時に僕のこれまでのストーリーを感じてもらえるような映像作品が出来上がりました。 この作品を全世界に向けて発信出来る事が楽しみです!



3)セルフライナーノーツ

全6曲、1曲ずつセルフライナーノーツを本人に書いていただきました。

さらに、それを掲載したページでは、1曲ごとに「セルフライナーノーツ+Spotifyの埋め込み」がセットとなって設置されており、1曲ずつ試聴しながら本人解説を読める仕様になっています。ここはHIDEYANさんのシステムの組み方が神でした。この組み方、真似したくなるミュージシャン多いのでは?

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Spotifyの埋め込みは会員登録してなくても30秒は視聴することができ、他のページに飛ばされることなくクリックすればページ内で流れてくるので、ここに来てくれた方にとってとてもスムーズに使ってもらいやすいページになったのではと思ってます。

Self Liner Notes:辻本美博本人による「Vermilion」全曲解説http://yoshihirotsujimoto.com/vermilion/self.html


4)本人のインタビュー

「Vermilion」は音楽的に何がすごいのかという分析についても触れてアルバムインタビューとして大事な要素も取り入れながら、「Vermilion」リリースにたどり着くまでのライフストーリーの言語化、及び、辻本さんが周りの人を惹きつけている部分の魅力の言語化を目指したインタビュー。それが結果的に「Vermilion」に宿っている魅力を増幅させながら言語化して受け手により深く理解してもらえる手法になると思ったから。

音楽に限らずどんなもの・人物でも、人から人へ伝えたいときにやはり「ストーリー」は強い。たとえて言うならば、就職の面接でも、ただ面接直前に作り上げた志望動機を淡々と述べられるよりも、「こういうことをこれまでやってきたからこれを今やりたいんです」と言われたほうが、面接官は理解・納得・共感できるもの。

また、「辻本さんといたらワクワクする、心が豊かになる、自分なりの人生の楽しみ方を肯定できる」といった気持ちを受け取ってもらってこのコミュニティにいたいと思ってもらうためにも、辻本さんのライフストーリーや人間性を何の嘘もなく真っ直ぐに言語化する方向性のインタビューが有効であると考えました(=ビジネス臭い言葉で言ってしまうと、それがブランディングに繋がりそれぞれが自分の貴重なお金を費やしてもいいかなと思ってもらえる価値に繋がっていく)。 

輝かしいプロフィールの裏にあった闘いーー辻本美博が語る、クラリネットソロデビューまでの20年
http://yoshihirotsujimoto.com/vermilion/interview.html


5)周辺のクリエイター/アーティストたちインタビュー

Talents Around Yoshihiro Tsujimoto:辻本美博を取り囲むクリエイター/アーティストたちの情熱的な言葉
http://yoshihirotsujimoto.com/vermilion/t_a_tsujimoto.html

参加してくれたのは、カワムラヒロシさん、MV監督・仁宮裕さん、吉俣良さん、ゲッターズ飯田さん、デザイナー ・KIIMANさん、エンジニア・兼重哲哉さん、Playwright・谷口慶介さん。それぞれにメールでインタビューさせていただきました。それらを、発売日の3日前である2月21日から7日連続で1日1本更新していくことに(それぞれが面白く濃く拡散力もある内容だったからこそ、全部を一気に出すのではなく、1日1本ずつ出すことで、受け手には毎日「Vermilion」のことを少しでも思い出してもらえるように&このコンテンツが一撃で流れていかないように、という狙いがありました)。

アルバム特設サイトでよく、周辺のミュージシャンからのお祝いコメントとか本人を褒める言葉を並べるやり方がありますが、今回チームの総意で、アレはやりたくなかったんですよね(理由を書くとそういったコンテンツを否定しているように読めてしまうので割愛)。

様々なジャンルにおいて、自分の専門分野に対してとてつもなく情熱的で、クリエイティブで、プロフェッショナルな人間たちが、どれだけ辻本さんの周りに集まっているのかを見せたかった。そして、そのコミュニティに自分も入りたいという気持ちを掻き立たせられたら、と思った。 「辻本美博の周りにいる人たちは、どんなことに&なぜ情熱を燃やしているのか」を見せて、その方たちの情熱の火花が読者/リスナーにも飛んでそれぞれの心や生活も温かくなれば、という想いがありました。

なので、それぞれにメールでインタビュー質問を投げさせてもらう際、こういうときにやりがちな「辻本さんの魅力とは?」「この作品の魅力とは?」に終始するのではなく、「インタビューイーの方がどういう人物であるのか」を読者に伝えられるような質問を作らせていただきました(インタビューイーの方にとっては、その分さらに答えを書くのに時間がかかったかと思います……皆様丁寧に答えてくださって本当に感謝です)。 そういった方向性の内容のほうが、ただ辻本さんに対する褒めコメントを掲載するよりも、アルバム制作において辻本さんとその方との間でどういった化学反応があったのかを紐解くことができる上に、各アーティスト/クリエイターご本人がSNS等で拡散しやすい・したくなるし、その方たちのファンの方も「これは読みたい、読んでおかなきゃ」と思わせられるのではとも思いました。


6)LINE オープンチャット

「Vermilion リリース記念」と題して、LINEオープンチャットを1月10日に開設。 

 「このコミュニティにいるとワクワクする、心が豊かになる、自分なりの人生の楽しみ方を肯定できる」といったことの具現化の方法のひとつになればという想いもありながら、辻本さんを応援する人たち(=一番情熱的な口コミをしてくれる強力な仲間)が集まる場として機能してます。ここも、本当に、辻本さんの発信力・行動力(+人望)があって当初想像してたよりもパワフルに成り立っています。




いろいろと羅列しましたが、結局は冒頭の話に戻って、辻本さんの情熱と行動力がもうすべてです。
「1のアイデアを10にして行動する」ということを常にやってくださって、しかも、すべての判断に最後は自分が責任を持つという姿勢を見せてくれています。素晴らしいチームリーダーです。 

あと、そもそも作品がいいから。どれだけガワを固めたり何かすごいものと掛け合わせたりSNS戦略を巧みにやったりしても、曲がよくないと何も動かない。これは本当に。

昨今はYouTubeやサブスクの再生回数とCDの売上枚数が必ずしも比例せず、YouTubeやサブスクの人気をCDの売上枚数に反映させるにはひと工夫もふた工夫も必要な中で、本作は、熱量あるコアファンたちのおかげもあって、YouTubeやサブスクの再生回数よりもCDの売上枚数が上回った特殊な事例とも言えると思います。ただし、音楽に限らず大きなヒットは、大抵の場合、一部の界隈の高い熱量から始まっていくものです。

CD時代は、発売週のチャートが最高位になるケースが多いからこそ発売週のチャートで1つでも上にいくために、発売日までと発売週(=CDショップが仕入れ枚数を決める時期から店内の目立つところで展開される短期間のあいだ)にいかにプロモーションを仕掛けるかが超大事だったわけですが、今はリリースした後にチャートを駆け上がっていく事例だらけなので、リリース日を迎えた後にどう広げていくかが大事。しかも、ある一部の界隈でバズり切っても、それが国民的知名度に達するまでには時間がかかるんだなというのは、最近いくつかの事例を見ていても感じることです。だからこそ、長期的にじわじわと広めていく戦略を立てられるか否かでアーティストの人生が変わってくる。 

なので、「Vermilion」対する施策はこの1か月で終わりでなく(実際、辻本さん自身がYouTubeチャンネルでCDショップへ訪れているところや「Vermilion」にまつわるドキュメンタリーを撮影してアップされるなど取り組まれていますが)、この先も本人へ提案したり一緒にいくつか仕掛けられたら、と思ってます。

辻本美博_Vermilion_表

購入・ダウンロード・ストリーミングはこちらhttps://diskunion.lnk.to/vermilion


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