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1月27日(水)

 今日は朝から決まった営業の件で大忙し。準備準備準備の嵐。税金のことについてなどなど、普通じゃ考えないようなことも考えて知って、経験はまあなんと大きな財産だこと。バタバタして疲れたけど、こうして終わる1日は悪くない。

 今朝は昨日の夜久しぶりに読むと決めた伊集院静の「それでも前へ進む」を持って家を出た。最近本を電車で読みながら通勤していなかったけれど、改めて移動時間は有意義に使うべきだと思った。
 本の1ページ目を開いた途端、まだ読んでもいないのに、どうしてか顔がぽっと熱くなり、じわじわと胸元から喉を通って目元まで迫り、泣く寸前の堪えを感じた。美しい本だという記憶はあったものの、実際にどんな内容が書かれていたかまでは覚えていなかった。それなのに、私の体はこの本を開いただけで、恐らく以前読んだ時のその感覚を覚えていたのだろう。私のどんな意識よりもはやく、ここに書かれている言葉たちに反応した。胸のざわつきを抑えながら、さらにページをめくる。

 読み始めると、少しずつ記憶も追いつき始めた。ひとつひとつの表現がすっきりしているのに、心地よい重みと深さがある。私は元々男性の書くあっさりとした文章が好みだけれど、彼の綴り方は私の好みの上位に入る。それにも関わらず彼の本はどうしてかこの本しか読んだことがないので、これを読み終わったら彼の小説を読んでみようと思う。

 第一部にこんな言葉が出てくる。

共存の必須条件はまず敬愛であり、次は譲り合うのではなく、己が譲ることだとフランスの哲学者が言っていた。

 この言葉は読む度にページをめくる手を止めじっと見つめる言葉だ。それなのに、いつも忘れて、また再読する時に改めて深く感動する。今日も電車の中で視線がその言葉に釘付けになり、潤んだ目を何度も瞬きさせた。よくよく考えれば当たり前のような考えだが、日々に当てはめるとやはり重要なことだ。同じ本を読んでいてもこの言葉にこれほどまでに感動する人はもしかしたらいないのかもしれない。そうだとすれば、何故私がこの言葉に毎回引っかかるのか、それを考えることは大切かもしれないと考えていた。次のページへ進む気がしなくて、本を閉じてバッグにしまった。ちょうど私の乗っていた中央線新宿方面行きの電車は高円寺に到着したところで、窓からちょうど見えるジムのビルに宣伝のために置かれた手を広げた人形の不器用な表情を見つめながら、「たくさんの言葉を知っていることと、ひとつの言葉の美しさと重みを知ってることとは、比べられないしどちらも尊いな」と考えていた。伊集院が訪れた場所場所が出てくるせいか、一瞬私もこれからどこか遠くへ行っているかのような錯覚に陥ったが、私の体は自然と新宿で下車していた。

 1時間残業して退社。風は冷たいが、心なし空気に春を感じた。まだ2月にもなっていないのでただの天気の気まぐれなのだろうが、雪を恋しいと言いつつもやはり春を思うと心が爽やかになる。

 来月、無料で4回体験できるというオンラインの韓国語講座に登録した。レッスンを受けるのは初めてだし、韓国語をしっかりと発話するのも初めてなので緊張するが、恥ずかしがらずにどんどん練習していきたい。韓国語能力試験の教科書も今週買うつもりなので、本格始動だ。

 明日はパン屋のバイトが終わった後、親友と寿司を食べに行くことに。今日ひとつはっきりと決めたことがあるので、それを報告したいと思っていたのだ。徒歩5分に住んでいるのに毎週会わないと寂しい親友。明日も幸せな1日が待っている。


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