第九話 なにやってんの
湊音は今日、剣道部の朝練がなくてよかったと思いながらもゆったりと登校。新しい体にフィットしたスーツ。
かなり値段はしたものの、オーダーメイドスーツが初めての湊音は少し気分が弾む。朝の出来事さえなければ尚更。
朝、李仁の部屋で鉢合わせた謎の男は李仁の元彼と言っており、しかもあのマンションの一室は彼名義で購入したものらしい。
湊音は李仁以外の人が住んでいる気配は全く気づかなかったが流石に独身男が一人で住むのには広いとは思っていた。
その元彼曰く、来週にはあの部屋を李仁に慰謝料として受け渡すそうだ。慰謝料というほど何があったのだろうかとまでは聞かなかったが、あいつでいいのか? と鼻で笑われたのが一番引っかかっている。
李仁にメールするのも気が引くかま昼にでもメールをしようと思ってたころに学校に着いた。
職員室に入ると視線が一気に湊音の方に行く。
『どうしたんだろ、このスーツ似合ってるからかな? あ、大島先生……』
大島が一気にニヤニヤしていた湊音のところに駆け寄る。何かを差し出してきた。紙であるがそこには写真と文字が。
「お前、やばいぞ。この写真が……生徒に出回ってて、今朝校長のパソコンにも送られてきた」
湊音は目を大きく見開いた。その写真は昨日の夕方、李仁と再会した時のもので抱きしめられた時のものであった。
多分写真を撮ったのは剣道部の誰かであろう。油断していたのだ。近くにまだ生徒がいたのにと。
「それに一気に夜、生徒の中で噂が出回って」
「噂……?」
「同性愛者だとか、公表していなかった前の奥さんとの間に認知していた子供がいるってのが……それを混同させてお前が離婚した理由は同性愛者で妻子を捨てたって話になってるんだ」
『なにがどうなってそーなったの?!』
大島や教頭や校長は湊音の子供のことは知っている。そこに校長がやってきた。
「おい、湊音。同性愛者はまじかよ。李仁さんそりゃかっこいいけど……流石に街中で抱き合うのは不味かったな。フォローできん。あとは校長と話してこい」
大島は湊音を校長に差し出した。
『ひいいいい、フォローしてよぉー大島先生!』
湊音はあたふたするが校長は近づいてくる。
「湊音先生、実はこちらで止めておいた話があったのですが……他校の生徒指導の先生からのお話であなたがクラブから泥酔して出てきたところを目撃したという情報があったと」
「なんで僕だと……」
「県の教員便りで君が剣道部のインタビュー受けていただろ。それで写真を見た顔だと」
『うわー、確かにインタビュー受けて写真も撮ったけど……』
「最近身なりが変わったのも、男性との交際もあったのか」
「そ、その……」
と目線を大島にやるが彼は目を逸らす。
『大島先生、あんたに婚活パーティー誘われてそこで李仁さんにであったんだよっ』
「私たちは知ってましたが他の人たちは知らないからねじ曲げられた噂が広まってますよ。親御さんたちから連絡が行くのも時間の問題ですね」
湊音はうろたえる。同性愛者が故に妻子を捨ててという噂を勝手に作られたら生徒たち、生徒の親たちからの印象も悪くなるであろう。
「校長、PTA会長から電話が。湊音先生の件で」
「ほら、さっそく……先生方も今日は電話対応をよろしくお願いします。それよりもみんなの前で事実を話しなさい」
校長は校長室に戻った。湊音は教師たちに囲まれた。
「そ、その……話をさせてください……」
ぐったりとした表情で湊音は家に帰る。クラブの目撃情報もあり、保護者からの電話も殺到、クレーム対応していた。
また生徒たちに話をするにもまだ職員会議で話し合ってからと言うことになり、夕方遅くまで他の教師たちの前で弁解をした。
ダイニングでは険しい顔をした広見と暗い顔をして俯く志津子がいた。
「うちの高校まで噂が回ってきたぞ。最近夜遅いのは男にうつつぬかしてたからか」
「そ、その……一から話したいんだけど……」
「それと、おまえたちは子供がいたのか」
それを広見が言った瞬間、志津子は泣き出した。子供がいることは実は二人には言っていなかった。
「ごめん。二人で言うのをやめようって……育ててるのは彼女で」
「私たちに孫がいたなんて。それに子供産めない嫁って言ってしまったのよ、私っ」
「母さん……僕らは意図してずっと作らなかったわけで」
「ああああーっ」
志津子は突っ伏して泣きじゃくり、広見が背中を撫で、彼女を寝室まで連れて行こうとした。
「男と付き合ってるのか……何を考えているんだ。もうしばらくしたらうちから出なさい」
「父さん、聞いて……そのっ」
「……」
志津子と広見は寝室に入っていった。湊音は膝から崩れ落ちる。メールを見ると大島から。
『学校ではすまん。あそこではあーするしかなかった。李仁さんに連絡したか?』
「……李仁……」
湊音は震える手で李仁に電話した。が、仕事中で出なかった。
メールで文字を打つがパニックになって打てない。
「どうしよう、李仁ぉ……」
ピンポーン
夜なのだが来訪者。
『だれ……こんな夜に』
湊音は机にしがみ付いて何とか立ち上がってインターフォンを見ると大島と李仁が立っていた。
『大島さんに……李仁?』
後ろを見ると広見が立っていた。
「今のは……そのおまえの」
「ごめん、出かける」
「待て! どこへいく!」
「今日は帰らない」
「この不良息子!」
「うるせえっ、バカ親父!」
湊音は普段言わない捨て台詞を言ってしまい広見のことを振り返ることもなく自分の部屋へ荷物と着替えを持って家を出た。
「……バカ親父って。あいつ、高校の時も一時期グレてた時に言われた以来だな……」
広見はため息をついて志津子のいる部屋に戻った。
そして湊音はマンションのエントランスに向かうと李仁と大島が待っていた。
「ミナくん!」
「李仁ぉ……」
「話はBARで聞くから。大島さんもついて来て」
李仁の車に乗り込み夜の街へ。
そしてバーに着き、湊音と大島は先にカウンターで李仁を待つ。用意された軽食とそれぞれジュースを注文。
「こんなこと起きてからBARに行くのも問題ないですか、大島さん」
「問題ありだがなんかあったら俺がなんとか言う」
「って言って今朝は裏切ったくせに」
「すまん、悪かった。……明日は運悪くもPTA総会」
「なんで運がないんだ、僕」
湊音が頭を抱える。
「あら、運悪くないわよ。いい機会じゃない」
バーテンダーの格好をした李仁が現れた。
『やっぱりいつ見てもバーテンダーの格好の李仁はいつもよりもかっこいいんだよな……』
「親御さんが集まる機会って作るの大変だからちょうどよかったじゃない」
「李仁は人ごとだと思って……」
「人ごとじゃないわよ。心配だけど私なんかいきなり現れても針の筵じゃない。派手な格好してピアスジャラジャラのチャラいやつ出てきてうちの湊音くんがご迷惑かけていますーなんて言ったら大変じゃない」
「……まぁ確かにだけど……芸能人の謝罪会見みたい」
「羨ましい、なかなか体験できないわよー」
「ほら人ごとだと思って」
「はいはい……」
湊音はタバコを忘れたのに気づき大島に一本借りる。やたらと李仁はポジティブなのだ。
「でもさ、教師だって恋をするし夜遊びするしさーなんでそれで謝らなきゃいけないの」
「しめしがつかないんだよ……生徒たちの手本になる大人が夜の街出歩くなんてさ」
「そーぉ?」
李仁は眉をひそめた。
「生徒のもっと身近な大人……親たちの方が結構悪よ。花金は日にちが変わるまで飲み明かしたり、不倫したり。SEXだって自分達やってるくせに人の恋だの嗜好だの……なんなのよ。それにさー」
「それに?」
「同性愛者で何が悪い」
李仁の瞳が冷たいと湊音は感じた。大島はうーむと考える。
「私は昔からこうだから何度も言われてるけど気持ち悪いとかありえないとか……ただ好きな相手が同性だっただけなのに」
さっきのポジティブな発言とは違う。湊音もタバコの煙を吐き出し、考える。
『僕は妻以外の女性や明里さんしか付き合ってないけど、ほとんどあっちからリードされて関係を持ったんだっけ。オナニーする時は女の人の体でしかやったことないけど……。なんでそんな僕が李仁を好きになってしまったんだろう。同性なのに。同性なのにかっこいいって思ってしまうし、頼りたくなる……』
「……ってそんなこと言われても困るわよねー、ごめんなさいね」
李仁はニコッと微笑み他の客から注文をもらいシェイカーを振る。
大島と湊音はその姿を見る。
「おまえはどこに惚れたんだ、李仁さんの」
「ああいうところかもしれない……」
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