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信頼する他者のまなざしの先にあるうつくしい世界のこと

梅雨に入ってここ数日体調がよくなかった。めまいと、偏頭痛と、息苦しさ。夜中に目が覚めて眠れず、ベランダで日が昇るのを待った。白夜のような青い空が白く明けていくさま、そのあいだを飛びながら鳴く小鳥の鈴のような声、早朝の空は清潔でつめたく、熱くなった心臓をアルコールで湿った脱脂綿でぬぐうようにそっと冷ましてくれる。

生産性という言葉につよく抵抗しているのに、「生産性のない」時間を過ごしている自分を傷つける自分がいる。自分のまなざしの先にいる自分は、ときどきここにいる自分から乖離している。生産性のない時間がはぐくむものによってわたしの心の多くは築かれ、救われているのに、ときどき情報の渦のなかに巻き込まれて見失ってしまう。

iPhoneが勝手に実家に電話をかけている。呼び出し音に気がついてあわてて切ったが、母から折り返しかかってくる。他愛のない会話のなかに等身大のわたしを見つける。

新しい住まいのことはあまり書くまいと思っていた。けれどわたしにとってあまりに大きな出来事すぎて、どうしても避けては進むことができない。これからの人生のことを考えて短い期間のうちに住まいのあり方を決めていくこと、わたしにとって重荷だとさえ思う。

希望する場所で生活を始めるのは一見喜ばしいことなのに、老後まで見据えて下す膨大な数の決断は心身にとても重たくのしかかる。こんなふうに心が重たくなるとは思わなかった。旅を愛する射手座の魂が疼いてしまう。

いまは引っ越し先の庭作りを進めている。デザイナーのお二人の射程は広く、深く、理知的だ。人工物と自然、その重なりあう姿を愛でることができるひとたちだ。

幻想的でうつくしいものを愛する友人は、しっとりと深い海のようなまなざしで世界を見つめている。

そういうひとたちのまなざしの先にあるのは、多様なうつくしい世界だ。わたしはそのまなざしをたどりながら、自分の見る世界とは別にうつくしい世界があることを知り、安堵する。うつくしいものが無限に存在することが、こんなにもわたしの呼吸を楽にしてくれる。うつくしいものにもっと出会いたい。うつくしいものをもっと知りたい。うつくしいものと語り合いたい。そう思う。

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