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ファイナンシャル・ウェルビーイング実現の道標 ~8月から実質稼働する金融経済教育推進機構の取組みがカギ~

明治安田総合研究所 経済調査部 エコノミスト 藤田 敬史氏

明治安田総合研究所 経済調査部 エコノミスト 藤田 敬史氏から、調査レポートが届きました。

ポイント 
・金融経済教育推進機構(J-FLEC)の役割は、「国民の安定的な資産形成の支援に関する施策の総合的な推 進に関する基本的な方針」で、ファイナンシャル・ウェルビーイングの実現と紐づけて定義されている 

・J-FLECは8月から本格稼働予定でその取組みが期待される一方、金融経済教育の担い手であるアドバイザーの質の確保、金融や経済に対する関心が低い層へどう働きかけるかが課題 

・今後、一人ひとりが資産形成の重要性やとるべき具体的な行動を自分事化することで、ファイナンシャ ル・ウェルビーイングを実現していくことが重要


1. ファイナンシャル・ウェルビーイングとは

筆者は以前、レポート「ウェルビーイングがもたらす生産性向上」のなかでも示しましたが、世界幸福度ランキングのデータ元としても有名な米国調査会社ギャラップ社によると、ウェルビーイングは5つの要素で構成されます。(図表1)。この5つの要素のうち①~④は、人事制度そのものや健康経営に向けた施策、多様な働き方の整備などを通じて、すでに多くの企業が取り組んでいる。一方で「⑤Financial Well-being(ファイナンシャル・ウェ
ルビーイング)」については、財形貯蓄制度などの福利厚生制度等の仕組みはある程度整っているものの、ウェルビーイングの要素の一つとして捉え、取り組んでいる会社は多くないと考えられます。

金融庁はファイナンシャル・ウェルビーイングを「自らの経済状況を管理し、必要な選択をすることによって、現在および将来にわたって、経済的な観点から一人ひとりが多様な幸せを実現し、安心感を得られている状態」と定義しています。

2. ファイナンシャル・ウェルビーイングを取り巻く流れ

内閣官房の「新しい資本主義実現会議」において2022年11月に決定された「資産所得倍増プラン」では、貯蓄から投資への実現に向けた7本の柱が掲げられました(図表2)。そのなかでは、①の柱「家計金融資産を貯蓄から投資にシフトさせるNISAの抜本的拡充や恒久化」が話題に取り上げられることが多いため、制度拡充が主たる取組みとの印象が強いですが、助言や教育などを通じ消費者をサポートする視点も重視されています。例えば、③の柱「消費者に対して中立的で信頼できるアドバイスの提供を促すための仕組みの創設」、⑤ の柱「安定的な資産形成の重要性を浸透させていくための金融 経済教育の充実」が掲げられており、それらを実施するため金融広報中央委員会、全国銀行協会、日本証券業協会が官民一体となり、2024年4月に予算規模年間約20億円(うち9割以上 が国以外の民間からの拠出)、職員数約70名からなる「金融経済教育推進機構(J-FLEC)」が設立されました。2024年8月から本格稼働する予定となっています。

3.ファイナンシャル・ウェルビーイング実現の道標、金融経済教育の推進がカギ

J-FLEC の役割は「国民の安定的な資産形成の支援に関 する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」のなかで、「ファイナンシャル・ウェルビーイング」の実現と紐づけて定義されています(図表3)。

基本的な方針のなかでは、「長期・積立・分散投資の意義」として資産運用に関する記載のほか、「家計管理や生活設計のほか、社会保障・税制度等の公的制度、消費生活 の基礎や金融トラブルに関する内容も含めて、広範な観 点から金融リテラシーの向上をめざすことが重要である」とも記載されており、2028年度末をめどに、金融経済教育を受けた人の割合を現状の7%から 20%程度(米国並み)に引き上げることが目標として掲げられました。資産 形成を行なうには、資産運用に関する知識だけでなく、金融トラブルの被害にあわないことを含め、幅広い知識を身に付ける必要があり、資産形成の重要性や自分自身がとるべき具体的な行動を自分事化してもらうことを目指していると考えられます。

これまで、日本で資産形成が進まなかった背景の一つに、金融に関する知識不足が挙げられます。3年ごとに金融広報中央委員会が実施している金融リテラシー調査の結果をみると、米国では「金融知識に自信がある人」の割合 が71%なのに対し、日本では12%と大きな差があり、また金融知識に関する設問の正答率では、日本は欧州主要国より低い結果となっています(図表4)。欧米等と比較すると教育課程で資産形成等を学ぶ機会が少なかったことが主因と考えられますが、約10年ごとに改訂される学習指導要領が、金融経済教育を含む内容に改定され、2020年度から小学校で、2021年度から中学校で、2022年度からは高等学校で順次実施されています。2022年度から始まった高等学校の金融経済教育では、ライフプランや社会保険制度と民間保険、資産形成に係る株式や債券、投資信託など主な金融商品のメリットやデメリットなど踏み込んだものとなっています。

J-FLECは、全国の企業や学校等向けに金融経済に関する出張授業を行なう講師派遣事業をはじめ、5つの事業を行ないますが(図表5)、 多くの事業において、J-FLEC認定アドバイザー(以下、「アドバイ ザー」)が中心的な役割を果たします。アドバイザーの要件は、金融商品の組成・販売等を行なう金融機関等に所属していないなど顧客に対し一定の中立性を有し、アドバイス提供にあたり有益な資格および一定の業務経験を有する者とされ、氏名のほか、保有資格や経歴、報酬の目安など、顧客がアドバイスを依頼する際に参考となる情報も公表されます。アドバイザーの早期育成が重要になりますが、報道によると当初500人程度、早期に1,000人を目指すとされています。金融庁の金融審議会で示された講師派遣事業にかかる講義資料は、対象層別・テーマ別に幅広い分野を横断的に網羅する内容で、きめ細やかな対応ができるよう配慮されています(図表6)。

4.アドバイザーの質の確保、関心が低い層への働きかけが課題

J-FLECは講師派遣等による金融経済教育の提供量、金融リテラシーの向上、金融意識・行動の変容についてのKPIと目標を明示しています(図表7)。受講者に対して継続的にサーベイ調査を実施することで、その効果を確認するとしており、金融経済教育に係る大規模データが蓄積されるという点で高く評価できるでしょう。効果的なデータ収集とデータ分析を期待したいと思います。

他方、金融経済教育推進にあたっての課題は何でしょうか。まず、短期的な視点として、金融経済教育の担い手であるアドバイザーの質が確保できるのかという問題があります。様々な支援の仕組みが提供されるものの、アドバイザーには相当の知識と経験、コミュニケーション力が求められます。また、報酬の水準等含め、持続可能な事業として成立するのかといった点も懸念されます。現状、アドバイザーは中立性を有する者として、金融機関等従事者は金融や経済に知見を有するにもかかわらず除外されていますが、金融庁の金融審議会でも意見が出たように、こうした人材を活用しようという流れに今後変わる可能性も考えられます。中長期的な視点としては、金融や経済に対して関心が低い層への働きかけです。筆者は以前、ほかの会社の人事部で従業員が加入する企業型確定拠出年金(DC)に係る継続的な投資教育を担当したことがありますが、従業員の知識や関心などの差により、どのような教育が適切か腐心した経験があり、金融経済教育の推進にあたっても研修内容によりどこまでの有効性があるのか懸念が残るところです。国民の金融リテラシーを向上させ、金融意識・行動の変容を促すためには、 無関心層へどう働きかけていくかが中長期的な課題と言えるでしょう。

金融経済教育を推進し、そうした課題に一つ一つ向き合うなかで、消費者一人ひとりが今後、資産形成の重要性やとるべき具体的な行動を自分事化し、ファイナンシャル・ウェルビーイングを実現できるよう導いていくこ とが重要です。

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