橘の実

1.豊穣の炎上

 あたしはまだほんの童女こどもだった。美味しい橙色の橘の実につられて、美しい坊主の後についていった。髪が綺麗だね、と褒められた。うなじできちんと切り揃えられたばかりの髪を綺麗だと言ってもらえて、嬉しかった。触ってもいいかい? と言われたら「どうぞ」と言ってしまった。あたしは実を食べていた。そっとおかっぱの髪に触れられて、撫でられた。それはそれは、愛しそうに。くふんと鼻を鳴らして、実を食べているあたしを「まるで、小犬のようだね」と坊主は言った。
「それでは、お坊様はお兄ちゃん犬だね」
 とあたしは返した。
「あたし、しってるよ。犬は好きな人の顔を舐めるの」
 賢いところを見せようと言った言葉が、この後の行為を彼に決断させたんだと思う。
「こういう風に?」
 彼は舌を大きく出してぺろりとあたしの口許を舐めた。
「そうそう」
 あたしはくすぐったがって笑いながら言った。
「甘いね」
 と彼は言った。
「橘の実はそれはそれは美味しいのよ」
 と、あたしはまたも賢いところを見せようと言った。そうじゃないと彼は微笑んだ。「君が甘いんだよ。それに馨かぐわしい」
「あたしは橘の実じゃないよ。万葉かずはというのよ」
「そうかい。万葉と呼んでもいいかい?」
「いいわ。特別に許してあげる」
 くすくすと笑いながら、あたしはまだ実を食べていた。美味しそうな実だ、と坊主は言った。美味しいよ、食べてもいいよ、とあたしは言った。そうか、それじゃあもぎに行こう、と坊主は言った。
 橘の林の中へわけ入っていく。あたしは何故か後に続いていった。もしかしたら、あたしはとても卑しい子なのかもしれない。もっと、たくさんの実が欲しい、と思ったのかも。坊主は「おや、ついてきてくれるのか、それは好都合」とひそやかに笑ったのは、林の大分奥に入ってからだった。何故こんなに奥まで入らなくてはいけないの? と訊ねると、ぼくの一番好きな実を食べるためだと坊主は言った。そうか、とあたしはわくわくした。きっと、さっき食べた実よりも美味しいに違いない。
「それはあたしも味わえるのかしら?」
 あたしが訊ねると、彼はもうこらえきれないという様に大声で笑った。
「味わえるとも、極上の味だ。ほら、あれが、その実だよ」
 と橘の木の上の方を指した。
「あたしにはわからないわ。とってちょうだい」
 いいとも、と坊主はあたしの両脇に手を差し入れ高く持ち上げた。
「見えるかい?」
「夕焼けも見えないわ」
 と首を横に振るあたしを、坊主はそのまますっぽりと両腕でくるんだ。
「ここにあるんだよ、実は」
 坊主の懐かと思ったが、手を差し入れるのはさすがにまずいと思った。
「いい香りがするな、馨しいな」
 と彼は言った。あたしは実が欲しくてたまらず、木を振り仰いだ。首が丸出しの格好になる。その首筋に坊主の唇が押し付けられた。やさしく、舌先で顎までたどる、さっき食べ零した実の汁の跡を。坊主の息遣いは荒かった。本当に犬みたいだわ、とあたしは思ってくすくすと笑った。はっはっと嬉しそうに息も荒く、しっぽを振ってのしかかってまで顔を舐めるあたしの犬。まるでそんな感じ。楽しい可愛い犬。
 くすくすと笑うあたしに坊主は構わず抱いたまま首筋を丹念に舐っていた。もう、坊主には……三方沙弥みかたのさみには炎がついていた。今更消す事などは出来ない。炎はこの万葉によって鎮めてもらわねば、と何故か思った。
「知っている? 犬はここも好きだよね」
 と、太股の内側の付け根辺りを撫で回す。
「知ってるわ。あたしの犬もここに鼻先を突っ込むのよ。その後でくしゃみをするの。臭いのに、好きなのね、犬って」
 くすくすと笑っていた。本当に三方沙弥を犬のように思っていた。まるで人の形をとったお兄ちゃん犬みたいだと。
「そうか。万葉の犬も好きなんだ。僕も好きなんだよ。でも、犬には臭いかもしれないが、ぼくにとっては、女の体で一番馨しいところだな、ここは」
 そういって裳スカートの裾をめくって、はだけさせる。夕方の冷気が直接吹き込んで、ぞくっと体を震わせた。その体の震えで三方沙弥の炎はいや増した。
「寒いかい?」
 こくんと頷いて裳の裾を整えようとするあたしの腕を掴んで、三方沙弥は言った。「寒いかい?」
 こくんと頷いて裳の裾を整えようとするあたしの腕を掴んで、三方沙弥は言った。
「炎がある。ここに。あたるかい?」
 反射的にあたると言ったあたしは大人になってしまったのだ。
 ゆっくりと三方沙弥はひざまずき、あたしを横たえさせた。その上にのしかかり、ぎゅっと抱きしめた。
「これでは、炎ではないわ。衾ふとんよ」
 と笑うあたしの着ている物全てをゆっくりと脱がせる。一糸纏わぬ姿になったあたしを再びしっかと抱きしめた。
「怖くないのかい?」
 と訊ねる三方沙弥に、あたしは怖いのはお坊様でしょう? 震えていらっしゃるわ、と応えた。これは寒いからだと笑う三方沙弥にあたしは炎にあたりましょうと応えた。
 衾代わりに衣服を広げて、背中に手を添えてそっと横たえる。その背に回された指がつつっと背筋をたどり、背中側からおしりを撫で回す。指がスッと後ろから割れ目をなぞると、すでにしっとりと湿っているのが三方沙弥にはわかった。三方沙弥は思わず純粋な喜びで笑みが漏れた。その笑顔にうっとりとした万葉は力が抜けた。
 三方沙弥は指をくっと折曲げてナカに入った。すでに万葉のナカは、とろりと蕩けていた。跳ねる万葉に「痛いかい?」と優しく尋ねる。息も荒くなった万葉は首を横にふるのが精一杯だった。目がうるんで、なにがなんだかわからない。ぼーっとして、とってもなんだかいい気持ち。
 指の動きに合わせて、ぴく、びくんと跳ねる万葉に素晴らしい反応だとほくそ笑む三方沙弥は、声を出してもいいよと囁いた。
 とたん指が動くたびにア、アッとか細く万葉は啼きだした。
 もっと大きい声出してもいいよ、と三方沙弥がささやくと、森に万葉の啼き声が木霊した。
 ぐちゅぐちゅと音をたてる自分の下腹部が、炎が熱くてたまらない。こらえられずのけぞりながら大声をあげて何とか逃しているのに。
 三方沙弥はどんどん指一本で万葉を追い詰めていった。
「変になるゥ…!」
 いいよ、と許可をもらった途端、万葉は達した。だらりと弛緩して息も絶え絶えにとろりとした視線を三方沙弥に向ける。
 壮絶な色気だった。
 幼い外見とその女になった目があまりにちぐはぐで。
「大丈夫かい?」
 思わずそう尋ねた三方沙弥はかえってきた言葉に愕然とした。
「もっと…もっとぉ…ほしぃ…」

 その後は、荒い息遣いだけが橘の林の真奥でひっそりと木霊していた。あたしは、甘い実とはこれかと実感して、しっかりと味わった。炎は熱く、何度も意識が遠のきかけたが、その度に馨しい橘の実の香りがふとあたしを正気に戻した。一個ではお腹が一杯にならないわと誘うあたしに三方沙弥は相当仰天したであろう。唖然としていたが、何故かあたしには分かった。どうすれば、いいのか。どうすれば、食べられるのか。たった、九つの童女がどうして知っていたのかは、天性のモノかもしれない。そして、あたしは結局、実を三っつも食べたのだった。あたしはとても卑らしい童女なのだった。

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