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嬉し涙が落ちる先

夕方、バイトに行くために家を出る。朝なんとなく起きて家の用事をこなしてご飯を食べて、それから好きなことをして昼寝をして。そんなのんびりとした1日の生活リズムを整えてくれる、バイトに行く。

玄関を出て空を見上げるといつも広がっているのは切ない空だ。ふとスマホを掲げて誰に見せるわけでもない写真を撮り少し満足する。”うん、写真好きっぽい"って。高校生の頃の塾の先生は写真がとても好きで、でもそのことを本人は"陰キャ"と言っていた。いえいえ、私にとって上手く写真が撮れることは素晴らしすぎる才能の一つであり、おしゃれの定義にもぴったりと当てはまる要素なのですよ、先生。そんなわけで私にとって"写真好きっぽい"ことができるというのは、なかなかの満足感を得られる幸せな時間である。

憧れの〇〇っぽい

〇〇っぽい。時に人はこれに縛られ生きづらさを感じ、また時に満足感を感じることもある。そしてこれが進む道を示してくれる時もある。そんなふうに思う。

私は大学入学後1年間、とにかく”大学生っぽい”を求めてきた。中高一貫校に通い校則もそこそこ厳しく部活という青春も特になかった私にとって、”高校生っぽい”を考えることなど1度もなかった。考えなくても学校に通うだけですでにある程度”高校生っぽい"と感じていたからである。でもその"〇〇っぽい"にとらわれ、それ追い続けることには憧れていた。だから大学生になったら”大学生っぽい”を求め体験し続けるのだ、という思いを強く持っていた。

"大学生っぽい"とはとにかくなんでもできることだ、と私は思う。サークルではやりたいことをやり先輩にご飯に連れていってもらったり他大学や他学部の友達ができたりもする。勉学では単位やレポートに追われる。お金を貯めるためにバイトに行く。また就活を見越してインターンに行ったりもする。そう、なんでもやれることこそ”大学生っぽい”。

でもこの"大学生っぽい"はなかなか自分一人で叶えられるものではない。それが顕著に現れるのがサークルである。

緊急事態宣言っぽい

私はサークルに入ってようやく7,8ヶ月といったところだ。最近入ってきた1回生ともう同等の扱いでいいです!と思うくらい、先輩の気分になれていない。それに度重なる活動制限で実際に活動している期間は半年いかないんじゃないか、ということもある。もうすぐ私たちの世代に幹部交代する(私たちの世代が運営を任される)という現実がやってくるなか、正直まだまだ後輩でいたいというのが本音だ。

緊急事態宣言は私たちに活動制限をよくくれる。もう経験しすぎてニュースで感染者数を見るだけで「これは緊急事態宣言くるっぽいな」と予測までできるようになってきた。ちっとも嬉しくない能力だ。

活動制限は人に会えなくなるしもちろん遊びにも行けなくなるし、それはもう寂しい。寂しいけれどこんな個人的な気持ちは別にどうとでも処理できる。それに寂しい気持ちはみんな同じ。この一年半の間、何度zoomやLINE電話で「悲しいね」「コロナおさまってほしいね」という会話をしたことだろうか。その会話にも最近は飽き飽きしてきて、一体コロナが私たちから奪った一番大きなものは何なのか、それを見つけてさえしまえば一つ一つの小さな事象をもう少し大きく寛容に捉えられるようになるのではないか、と考えるようになった。と同時にこの期間にどうにもできない問題が少しずつ積もってきている気がしてそんな不安にも襲われるようになった。ちりも積もれば山となるっていうやつ。

コロナが私たちから奪ったもの。それは"言語化しにくい文化の継承"だと私は強く感じる。例えば、サークルでは先輩がご飯に誘ったり活動を率先して進めたりすることが普通に行われてきていた(聞いたところによると)。それは先輩が後輩に態度や空気感で示していた文化であり、継承されることが当たり前とされていたものでもある。受け継ごうとして受け継いだものよりも、自然に受け継がれてきたものの方が圧倒的に多い、そういうもの。でもそれがやりにくくなった、コロナで。やりにくくなってそれをすること自体が諦められるようにもなっていた。

大学生っぽい

ある日の夜、同じ学部の先輩と話している中で「同じ学部の何人かで話さない?」という話があがった。めちゃくちゃ何気ない提案、なのに私は嬉しさのあまり泣いた。一年たってようやく”言語化しにくい文化”が継承されようとしている、そう深く深く感じた。(どの立場の人の客観的なセリフだよ、と今見返すと時を戻って自分にそう突っ込みたい気分でもあるが、嬉し涙を流すことなんて人生の中でそうなかったので、もういい黙っておく。)
そしてそんな嬉しさとともに、これは未来の後輩に私たちが引き継いでいきたい文化だとも思った。

ようやく目にした”大学生っぽい”。
胸に沁みて感動するほどに憧れていたものだったともう一度痛感した。

嬉し涙が落ちる先

私が流した嬉し涙。その涙はどこに繋がっていくのだろう。
後輩に自分が得た文化を継承すること、新しい文化を創造していくこと。そんなことに繋げられたら私は何の後悔もなく、涙は自己満足に終わりつつある感情以上のものを後に残すことになる。
でもまだまだコロナ禍の世界は続く。これからも"緊急事態宣言"という言葉を聞くことになるであろう世界は続く。文化を伝えにくい世界は続く。

そんな中私はこの嬉し涙が落ちる先を見つけることができるのだろうか。


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