新宿キャッチ&リリース
ごー、ろーく、なーな、8回目。
まだまだいけるぞ〜頑張れ〜。
先に訂正しておくと、
これは筋トレの回数を数えている訳ではい。
なにせ私は今、バイトの真っ最中だ。
寒空の中、新宿の路上でベンチコートを着て立っていると言えば、多くの人が察してくれる。そう、居酒屋のキャッチである。
そんな私が、いま何を数えているかというと、道路の向かいに見える男が、ナンパに失敗する回数を数えている。
見知らぬ人に声を掛け、ほとんどの人間が怪訝そうな表情をして避けていく。そして、また声を掛ける。その繰り返し。
新宿マルイが面する大通りを行ったり来たりする彼の様子は、小学校の頃に体力測定でドレミのリズムと共に走ったシャトルランを思い出す。
先ほど筋トレではないと言ったが、まぁ、ある意味メンタルの筋トレみたいなものと考えれば、そう間違ってもいないだろう。
暇を持て余した私は、3連勤を使って彼の定点観測を始めることにした。気分はさながら、大好きなNHK番組『ドキュメント72時間』だ。
23:40
1日目終了。これといった成果はなし。彼は新宿マルイ横の地下鉄入り口へと消えていった。
2日目の夕方。あの地下鉄入り口から、彼が姿を現した。なぜ昨日失敗した場所にまた戻ってきたのか。魚が釣れない時はポイントを変えるのが鉄則なはず。
昨日のハイライトを脳内で再生してみたが、惜しい瞬間なんぞ、どこにもなかった。なんなら、大宮とかの方が彼のポテンシャルを生かせるんじゃないか、などと色んなツッコミをかましていたが、これは彼が決断して選んだ道。どこぞのキャッチが介入する余地はない。
そして、2日目も23:40に昨日と同様、彼の後ろ姿を見送った。
3日目。最終日がやってきた。
単なる暇つぶしではじめたこの遊びも、彼がやってくることを、どこか期待している自分がいることに驚く。
ここまできたら、この新宿の地で栄光のフィナーレを飾って欲しい。本人は知らないと思うが、こちらはこちらで連日見応えがなく思いをしている。ここで逆転の特大ホームランを打ってもらい、清々しく3連勤を終えたいのだ。
19:00
満を持して彼が登場。この新宿の地に骨を埋める、そんな覚悟が見えた気がした。
ナンパ男がなんの目的でここまで頑張るのかを私は知らない。別に知りたくもない。ただ、ここまできたら、もうただ傍観者ではいられない。
21:00
あれ、会話してる!?
目を離した隙に、無印の袋をもった小柄な女性と話しているではないか。誰も拾ってくれない会話のボールを投げ続けて早3日。ついにボールを返してくれる人が現れた。
彼は女性の足を指差したり、歩く仕草をしてみたり一体なんの話をしているのかはサッパリ分からない…が、会話はできている。いいぞ!
どんな会話でもいい、どんなに泥臭くてもいいから、早く!私に!お目当の人と共に夜の街へ消えていく姿を見せてくれ!!!
完全にバイトそっちのけで、ナンパ男の一挙手一投足に注目していたのも束の間、女性はそそくさと早足で1人地下鉄入り口へ消えていった。
一世一代のチャンスが、
儚くも散った瞬間を見た。
意気消沈した彼は、そのまま地下鉄へ消えるのかと思ったが、横断歩道を渡り、何度も同じフレーズを練習するような素振りを見せながら、こちらに向かってきた。
「あれ、お姉さん立ち方綺麗ですね!これから一杯どうですか?」彼は笑顔で声を掛けてきた。
あ、足ー!?なんという雑さとタフネス。さっき会話ができたネタに味をしめて、同じネタで再挑戦してきたのだろう。
あぁ、そういうとこ。君が3日間空振りだったのは、きっとそういうところだ。
私は無言でバイト先へ戻り、タイムカードを切った。こうして、私の72時間は幕を閉じた。
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※これは「わたしの褒めどころ」を別視点から描いた”B面の物語”です。
A面の物語はコチラから。
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