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<ラグビー>関東ラグビー対抗戦明治対早稲田,雑感

海外にいる関係から試合自体を見ていない上に,日本からのニュース情報だけという無責任な立場ながら,明治OB(非ラグビー部)としての雑感を書かせてもらいます。

あるブログで,熱烈な早稲田ファンの人が「今年は歴史上最も特別な早明戦」と書かれているのを見て,その方が日頃から「4年生にとっては,毎試合が大学生活最後となる特別な試合」,「大学ラグビーの素晴らしさは,4年生にとって最後の試合となるその希少性」と絶賛されていることと正反対になることため,正直そのダブルスタンダードに戸惑ってしまった。

「4年生にとって最後の試合」ということであれば,毎年の早稲田対明治戦に限らず,練習試合を含めた全ての試合は,4年生にとって最後の試合となるわけで,どのチームのどの試合もそれぞれの4年生にとっては,全て「特別」なものだと思う。

一方,大学選手権を別として,対抗戦の長い歴史から,早稲田及び明治の両チームの選手や関係者にとっては,12月第一日曜に行われる両校の対抗戦が毎年「特別」なものになっていることは,マスコミが多々喧伝しているとおりでもある。まして,卒業する4年生にとっては,その年の試合は正に「特別」なものであって,他と比較できるものではない。

過去を振り返れば,いったん退任していた大西監督が,心臓病を抱えながら1981年の早稲田に復帰・指導し,明治の怪物NO.8河瀬選手を止めるべく,「ドス」と呼ばれた相撲部出身の早稲田FL渡辺選手を特別に起用して,渡辺選手が河瀬選手にタックルしまくって勝利したゲームは,マスコミでも度々書かれるくらいに「特別」に有名だ。

また,1986年,雪の中で開催された試合では,明治NO.8大西キャプテンが,ノーサイド直前に早稲田ゴール前で反則を繰り返し得ながらも,逆転となるPGを狙わず,ひたすらスクラムを選択した結果,得点できずに負けた(もっとも,現在のルールでは早稲田の反則の繰り返しで,ペナルティートライが認定され,明治の逆転勝ちになっただろう),「雪の早明戦」が有名だ。この試合後,最後までPGを狙わなかった大西キャプテンに対し,明治の北島監督は「明治は,あれでいい」とコメントしたことで,負けた明治の学生ラグビー界における存在感が際立った試合としても記憶されている。

ところで,今年の対抗戦では,かつての河瀬選手を彷彿とさせる明治NO.8箸本選手が,早稲田から見た悪役になっていた一方,早稲田には河瀬選手の息子がBKのエースとして活躍しているという,面白いメンバー構成となっていた。

先に引用したブログの筆者が,何を持って「今年は特別な試合」としたのかは不明だが,あてずっぽうに推量すれば,おそらく筆者が,OBを含む早稲田関係者と試合前に盛り上がった感情をストレートに表現したものが,「特別」という表現になったのではないかと思う。そういう点では,いつのどの試合であっても,その人個々による「特別」な試合があって良いし,またそう考えると,逆に「特別」な試合はなくなってしまうくらい,皆「特別」になってしまうような気がする。

今年の対抗戦は,例年の「前評判が高い方が負ける」というジンクス通りに,将来の日本代表を背負うべき明治NO.8箸本選手が,キャプテンらしく身をもってチームを引っ張り,完勝したようだ。また,個人的には,東福岡から来た明治CTB廣瀬選手は良い選手だと思っているが,攻守にわたり成長した姿を見せられたようで,彼も良い日本代表に成長してほしいと思う。もちろん,早稲田の河瀬選手には,まだ大学選手権(慶應,帝京との再戦,東海との対戦が楽しみです)という次の舞台で活躍してほしいし,彼も将来の日本代表を背負うべく良い選手に成長することを願っている。

最後に,私にとって「特別」な試合は,やはり1981年のもので,当時の国立競技場の電光掲示板下の席で応援していた明治現役の学生として,明治の若狭SOが次々にPGを外しまくったことに反応して,持参した豆菓子を噛んだ奥歯が欠けてしまったという「特別」な思い出があります。

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