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<書評>「北欧のロマン ゲルマン神話」

20210520ゲルマン神話

「北欧のロマン ゲルマン神話」 ドナルド・A・マッケンジー著 東浦義雄及び竹村恵都子訳 大修館書店 1997年

ゲルマン神話は,文字が残されていなかったので,叙事詩「エッダ」により記録されていた北欧神話から再現したものを,現在ゲルマン神話と称している。また,これを元にした作品は,古くはリヒャルト・ワグナーの「ニーベルングの指環」,JRRトールキンの「指輪物語」であり,最近では,松本零士,池田理代子,里中満智子らの「ニーベルングの指輪(または指環)」の漫画化作品,映画「ニーベルングの指環」,そして日本を筆頭に各種ロールプレーイングゲームソフトの題材にされている。

また,ハリウッド映画で「マイティーソー(力強いソー)」と日本の公開題名になっている作品は,ゲルマン神話の雷神として,ギリシア神話のテーセウスやヘーラクレスのように世界中に旅立って闘争に勝利する,槌を武器とする英雄神トールを参考にして作られている。英語表記ならThornとなるこの神の名は,ゲルマン神話に忠実であれば,「トール」と発音すべきだが,英語式に発音すれば「ソーン」または「ソー」になってしまい,どうもゲルマン的雰囲気が薄れてしまうと感じるのは私だけだろうか。

この神話物語を読み進めていくと,次のことに気づかされる。
1.常に巨人族・巨人国が敵対している。
2.敵対する部族の国は,霜や氷が支配する荒野にあり,主神オーディンの属するアース族にとって,寒さは敵と同義である。
3.トリックスターとして,ロキという神がいる。
4.神々の車を牽くのは,ギリシア神話などでは馬だが,ここでは2頭の山羊が多い。
5.ギリシア神話に比べて,巨大なオオカミと大蛇が,邪悪の象徴として登場する。
6.地中海から遠いゲルマンの地理的影響から,川を渡る場面が多い反面,海はほとんどない。
7.ギリシア神話以上に男性中心であり,女性は神を含めて妻・母の域を超えない。そして,非常に存在が薄い戦闘可能な女性は,アマゾネスのイメージに重なるように思える。
8.アース神族に親しい小人族がいて,金属加工に長けている。
9.リンゴの実と蜜酒が最高の食物となっている。
10.神々は不老不死ではなく,黙示録に似たラグナロクと称する最終戦争によって死に絶える。
11.神々は,金髪碧眼筋肉質の白人である。
12.主神オーディンは,隻眼で,2匹の狼と2羽の烏を従えているが,これはヨーロッパの風土をよく象徴している。

以上のことは,たまたま現在東欧に1年半住んでいて,その気候風土を身に持って感じてきた私の身近な経験からすれば,まさに郷土に基づいた神話であることがよくわかる。ヨーロッパでは,冬と寒さは正に悪であり,保温のために人々の身体は大きく,手先の器用なのは身体の小さい南方の人間になる。

武器は,トールが使用する槌=斧に代表されるように,剣や刀といった鋭利なものではなく,鈍重かつ堅固な,技よりも腕力を必要とするものが中心となる。もちろん,弓矢や槍も出てくるが,一番強力なのは,切ったり,突いたりするギリシア的な剣ではなく,重さと堅さで相手を押しつぶす無骨な,まるで旧石器時代のようなものとなっている。

神話自体の優劣を比較することに意味はないと思うが,旧約聖書に反映しているメソポタミアからアラブ世界全体の神話,文献の宝庫でもあるエジプト神話,アラブやエジプトに影響されたギリシア神話,特殊性が強調されるアメリカインディアンやマヤ・アステカ・インカの神話,ヒンズー神話,そして類縁であるケルト神話などと比べて,ゲルマン神話はイメージの独創性や飛躍に乏しい印象があるように思う。

その理由については,専門の学者の研究を参考にするしかないのだが,私としては,やはり文明の成熟度の違いという結論を出したくなってしまう。人類全体の長大な歴史を俯瞰すれば,ヨーロッパ=ゲルマンは,未だに野蛮で蒙昧な地域ではないかと,まるでローマ皇帝のように思うのは,一概に暴論でもないと考えるのだが...。

終章のラグナロク(神々の黄昏)は面白かった。実際にそれが起こるのではなく,主神オーディンが巫女の預言を聞くという形になっている。そして,神々も人間も全て死に絶えた後に新しい生命が誕生するというストーリーに,誕生-死滅-復活という宇宙のサイクルを見た気がする。これは,キリスト教のヨハネの黙示録からの影響が大きいということだが,私は勉強不足ながら,ヨハネの黙示録の世界の終わりについては知っていたが,その後の復活については知らなかった。

改めてネットでヨハネの黙示録第20~21章を読むと,確かに復活が描かれている。もっとも,復活する者はキリスト教徒で善行を行った者と限定しているので,善悪も全て抱合した宇宙の再生ではないが,終末思想のメジャーな存在であるヨハネの黙示録に,終末後の世界が描かれていることに何か救いを見た気がする。結局は,ヒンズーの唱えるような輪廻転生に世界は落ち着くのかも知れない。・・・皆さん,命あるものは大切にしましょう。

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