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<書評>『神話学入門』

(注:間違って削除したので、再投稿です。)

 『神話学入門』カール・ケレーニイ及びカール・グスタフ・ユング 杉浦忠夫訳 1975年晶文社 原著は、Einfuhrung in das wesen der mythologie – Das gottlinche kind / Das gottliche madchen (ミュトロギーの本質への入門書―子供の神/少女の神―) 1951 Zurich(スイス、チューリッヒ)。

神話学入門

 20世紀の人文科学で最も顕著な功績があったのは、なんといっても言語学だと思うが、その言語学の成果を糧にして、哲学・文化人類学・神話学・心理学も発展した。そうして飛躍的に発展した神話学の泰斗がカール・ケレーニイであり、またフロイトの精神分析学を継続発展させた心理学の碩学がカール・グスタフ・ユングである。そして、この二人の大学者が「神話素(ミュトロギー)」という言葉の定義をしつつ、神話について論説したのが本書となっている、という建前が解説されている。

 私は本書を比較文学の講師に推薦されたこともあり、神話に関心があったので大学の生協で購入したが、その講師が「普通の神話学初心者用ではない」という忠告を踏まえて、ずっと読んでいなかった。それはまた、当時の自分が読むのに値する教養を十分に身に着けていない、まだ読める準備ができていないと考えたからだ(何よりも、ギリシア神話自体に未熟であった上に、ユング心理学も知らなかったから)。

 そして、大学生当時から今まで長い時間が過ぎていった。その間に私が必要な教養を十分に身に着けられたか否かはわからないが、大学生当時よりは確実に読書量は増えているし、また社会的な経験を積み重ねることもできた。さらに、仕事の関係で世界のいろいろな風景や歴史を実際に体験することができた。そうした今、ようやく本書を読む時期に来たと思った。ただし、私自身の準備ができたというよりも、私自身の(読書に費やせる)残された時間が少ないという意味合いの方が強いのかも知れないが。

 今回実際に読み始めて、大学講師が忠告した「難解」であることの意味がよくわかった。これは、神話学についての初心者用の入門書ではない。もっと言えば純粋な神話学だけの世界の解説書ではない。そのため、これから一般的な概念の神話や神話学を学ぼうとする初心者が、文字通りの入門書として本書を読むと、そのチチェローネ=水先案内人としての期待は大きく裏切られることになる。

 つまり、「入門」と題しているのとは裏腹に、本書は神話学と心理学に関する高度に専門的な論文なのだ。つまり、20世紀に入って新たに発展した、神話素という新たな概念を適用する神話学と、フロイトのリビドー概念を発展させた元型理論を神話と結びつけた心理学とを、一般の読者ではなく学会を含む高度な知識層を対象にして出版した論文集というのが、本書に対する正確な形容だと思う。

 もっと言えば、本書は、神話を題材にした心理学、ユング心理学の論文なのだ。だから、ユング心理学における基本的な概念、集団的無意識、アニマ(男性精神内の女性原理)、アニムス(女性精神内の男性原理)、夢に出てくる象徴の意味といったものを、予め理解していないと、ただ文書を読んでいるだけでは、何を言わんとしているかがまったくわからない。

 さらに、学会で専門的な知識を持った学者に対して、「ユング心理学では神話をこう解釈している」というテーゼを主張するための論文でもあるので、そういう観点ではまったく入門書という書名は本当に不適当だと思う。もっといかめしい、例えば「ユング心理学による神話の構造主義及び現象学的分析」などとつければ、こうした勘違いは発生しなかったのではないか。

 幸い、私は既に『タイプ論』などのユングの著作を読んでいるし、ユング心理学に関する解説書を数冊読んでいたので、本書の論文的世界を理解するのは想像したよりは困難ではなかった。例えて言えば、久しぶりに買い替えた後の、家庭用新型電気機器のマニュアルを読んでいるような、そんな気分で読ませてもらった。

 そういう中で、私が最も関心を持った考えは、世界各地の神話の中で、神々の歴史を示すため、またより上位=始原的存在であることを示すため、神が童児の姿で現れるという指摘だった。それはまた、童児の姿の神が、一般的な概念である幼さ=未熟を意味するのではなく、若い姿であることが、逆説的により古いことの証明になると説明している。そして古いということは、そのまま始原的であることを意味し、さらに始原的なものは大きな力を持っているので、それらを童児神の姿として視覚化したのだという。

 また、童児神がなぜ始原的で大きな力を持つのかと言えば、ユング心理学でいうところの元型と同じものであるため、そこには計り知れない大きな(精神的)パワーが秘められているということになる。元型について、ここで詳細を説明できるほど私はユング心理学に詳しいわけではないが、かなり私的に簡略化して言えば、元型とは一般にいうところの「自分自身」、「自分らしさ」、「本来の自分」と言った概念をはるかに超えた、人類共通の人が人であるところの原動力だと理解している。もしこれを仏教で言い換えれば、「仏性」というのかも知れない。

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