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<ラグビー>ラグビーの愉しみ(その1)

本日から9回に分けて、私がラグビーを好きな理由や好きな部分などを、エッセイ兼解説風にまとめた「ラグビーの愉しみ」を掲載していきます。トップリーグ開幕が延期になったり、シックスネーションズにフランスが参加しないと言ったり、せっかく日本の高校・大学ラグビーが無事終了したのに、トップレベルのラグビーはなかなか順調とはいかないようですが、つかの間の箸休め的にお読みいただければ幸いです。

序章

私はラグビーが好きだ。大変に好きだ。ラグビーさえあれば、1年365日過ごせる。1年365日24時間をラグビーのことだけ考えていられる。ラグビーのない生活、ラグビーのない社会なんて想像できない。生活の中心にラグビーがあり、全てがラグビーを中心に回っている。


そういうわけで、なぜ私がこれほどまでラグビーが好きなのか、なぜこれほどまでにラグビーは楽しく、愉しいかを、まとめてみようかと考えた。たぶん、私が書いたラグビーの愉しさは、ラグビー好きの人には「うん、そうなんだよね」と思ってもらえるだろうし、これからラグビーを楽しみたい人には、「そうか、ラグビーってそうやって愉しめるのか」と参考になると思う。


そして、この世の中でラグビーの愉しさを知らない人に対して、ラグビーを見てみよう、ラグビーに触れてみようという気持ちになるきっかけになれば、ラグビー仲間が一人でも増えることになるので、ラグビーはもっと、もっと最高に楽しいものになるだろう。

第1章 ラグビーの楽しさ

トライ
「ラグビーって何」と聞かれたら、私は「トライすること」と答える。
この「トライ」には、現行ルールだと5点を得られる、相手チームのインゴールにボールを持ち込んでタッチダウンすることを意味しているが、その他にもいろんな意味があると思う。


それは、言葉の原義でもある「Try=試みる」ということで、もともとはトライした地点から下がったところからのゴールキックでしか得点できなかったことから、「Try」する権利を得るということだった。その後現在のトライだけで5点を得られることに変化したのは、プレーを「Try」した果実としての「トライ」を得たこととなり、それはまた人生の中で様々な試練に挑戦する「Try」にも繋がるものがあると思う。


トライは、一人でボールを持って走れば簡単にできるものではない。当然、15人の敵がトライを防ごうとタックルに来るのを避けねばならない。それだけではない。敵がタックルに来られないように、味方が敵のディフェンスをボールのない側に誘いだす、ポイントから走り出すのを遅らせるなどのサポートプレーが必要になる。また、自分がフリーになるために、我が身を犠牲にして(タックルさせて)パスを出してくれた味方の存在もあるし、密集で身体を張ってマイボールにしてくれた選手の存在もある。


つまり、15人全員の協力がなければトライはできないし、そのトライは敵の数多くの妨害を排した末にようやく到達できるものなのだ。これは人生そのもの、ドラマそのものではないだろうか。
だから、トライは貴重だし、ラグビーの全てはトライに象徴されている。そして、人生はラグビーのトライを取る過程に良く似ていると思う。

タックル
ラグビーを表現するもう一つの代表的な言葉(プレー)として、「タックル」がある。「トライ」がアタック側の代表なら、「タックル」はディフェンス側の代表だ。


トライは、ボールを相手のインゴールに持ち込んでタッチダウンすることから、初心者にも比較的理解しやすいし、(トライするまでのスキルなどは別として)プレーもしやすいと言える。しかし、タックルは、ボールを持って走ってくる生身の人間を捕まえるのだから、トライよりもプレーのハードルは高い。そして、痛みや怪我と隣り合わせのプレーであることから、勇気も必要とする。


よく言われるが、実生活でタックルをすることなんて余程のことがない限りない。また、様々なスポーツでラグビーのようなタックルを認められているのは、レスリングなどの格闘技を除けばアメリカンフットボールくらいだろう。だから、タックルそのものが、実生活や人生とつながることはない。


もちろん、怪我しないタックルをするためには、身体を鍛える必要があるし、タックルするためのテクニックや、タックルに入るポイントを学ぶ必要がある。これだけなら、タックルはラグビーの中だけで完結しておしまいになる。


しかし、個々のタックルの背後には、当然14人の仲間がいる。一人がタックルをさぼったりしたら、仲間に迷惑がかかる。一つのタックルは、タックルする選手だけのものではない。チームの一員として、仲間との信頼関係を裏切らないためのタックルなのだ。たとえタックルした結果が外されても、それは仕方ない。タックルに行ったかどうかが、試されるのだ。


タックルは、勇気がいる。勇気がなければタックルはできない。その勇気は、個人の資質だけで構成されていない。チームの一員であるという強い責任感から構成される勇気によって、選手はタックルしているのだ。


だから、一つのタックルをすることは、社会人としての責任を果たすことに通じる。人生の困難な場面に出会った時、逃げずに立ち向かうことは、そのままラグビーでタックルする勇気とつながっている。タックルを躊躇しない選手は、人生の困難にも躊躇しないでぶつかっていけるだろう。
タックルもトライ同様に、人生の生き方に比例しているのだ。

スクラム
 スクラムを組むという表現は、良く社会で使われる。単純に大勢の人が同じ目的のために一塊になることの意味で使われているようだ。


 しかし、実際のラグビーのスクラムはそうではない。まず相手がいる。相手の8人と味方の8人によってスクラムは成立する。味方だけ、相手だけで成立することはない。つまり、社会で使われるスクラムの意味とはまったく違って、ラグビーのスクラムは、実は敵味方で行う共同作業でもある。


 そのスクラムは、傍目からでは良く分からないプレーの代表でもある。そもそも手の位置や足の位置、さらに首の入れ方などは、見ているだけでは分からない。実際にラグビーを知っている人に指導してもらって、初めて組めるし、逆に良く知らない人が適当に組んだりすると、つぶれて危険なことがある。


 またスクラムは、ラグビーの中でも危険性の高いプレーの一つだ。単純計算すれば、スクラムがつぶれて先頭の2番HO(フッカー)に16人の体重がかかると想定する。HOの首には一人80kgとしても1,280kgもの重さが一気にかかってしまう。その重さに耐えられる首の強さを持った人はいないから、当然首を骨折し、悪ければ即死、良くても半身不随になってしまうだろう。


 いきなり恐ろしい話になって恐縮だが、スクラムとはこれほどの危険性を伴いながらプレーするわけで、スクラムの辛さ、大変さは実際に組んだ人でないと想像できないと思う。


 私は、日本の弱小クラブチームとNZのクラブチームの一番下のレベルでプレーしただけ(後、インドで数試合プレーした)だが、最初にスクラムを組んだ時には、首の痛み、耳が擦れる痛み、背筋痛が暫く続いた。さらに、身長が低いのにも関わらずLO(ロック、4番と5番)をやり、PR(プロップ、1番と3番)がスクラムを押されてじりじりと後ろに下がり、下がる度にPRのスパイクのアルミ製ポイントが、私の脛を蹴った。そのため、試合が終わった後には、私の脛にはポイントで掘られた穴が開いていた経験がある。


 こうした数々の大変さと痛みを伴うスクラムだが、これは組んだものでしか味わえない面白さと愉しさがある。
 まず、最初に挙げたいのは、一体感だろう。8人が身体を密着して、互いにジャージを掴んで、タイミングを合わせて相手にぶつかり、必死に押すのは、誰か一人でも息が合っていないとできない作業だ。


 私がNZでHOをやっていたとき、私だけがタイミングを合わせられない時があった。私は組むのを止めようとしたが、前からも後ろからも押してくるため止めることはできずに、慌てて首を相手の1番と2番の間に入れた。入れたつもりになったが、膝を下げるのが遅れたため、相手と高さが同じにならず、私の首は下に向くとともに、相手の頭に一旦ぶつかってから、左に無理やり曲がるようにして入った。その時、私の左耳には身体の中から「ボキボキボキ」という音が響いてきて、首の骨が無理やり曲げられたことがわかった。


 その瞬間、「これで死ぬかも知れない」というイメージが頭の中に浮かんだ。しかし、その後の記憶は全くないのだが(恐らく脳震盪にもなっていたと思う)、80分試合をして、自分で車を運転して家に帰った。しかし、それから一週間は食欲がない生活が続いたことを覚えている。


 それくらい、スクラムでタイミングを合わせることは重要だが、そのタイミングが合っていることには、非常に快感を覚えるものでもある。たぶん、自分の身体が一気に8人分になったような錯覚をするからではないだろうか。一人ではできないことを、他の7人の力を借りてするのだ。敢えて言うならば、理想的な共同作業ではないだろうか。


 他のスクラムの個々のポジション毎による愉しさについては後述するが、次に挙げるべきスクラムの愉しさは、やはり相手を押し込むことだろう。

 この一歩でも数cmでもスクラムを押し込めたときの喜びは、ある意味トライにも匹敵するように思う。また、スクラムを押し込むことはそれだけトライに近づくことでもあるから、この比喩はあながち間違っていないと思う。


 ところで、もしもラグビーがスクラムを組むだけのプレーになったら、見ている人は全くつまらないだろうが、スクラムを組んでいる選手は、喜んで80分間押し続けるのでないだろうか。それぐらい、スクラムは奥が深いものだと思う。

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