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<閑話休題>「さりとても,墓に布団を掛けられず」

小津安二郎の名作「東京物語」で,母親(東山千栄子)の死に目に会えなかった,末弟(大坂志郞)が,故郷の尾道の通夜の晩にもらす台詞が,「さりとても,墓に布団を掛けられず」だ。これは,生きているうちに親孝行をすれば良かったものを,死んでから墓に布団を掛けるようなことをしても,もう遅いよ,という意味だ。

今年の初め,僕は新型コロナウイルスとインフルエンザAに同時感染して,重度の肺炎になり,死に損なった。2週間の苦しい闘病と入院生活の後,生きて退院したが,その直後,2歳下の妹の死を聞かされた。妹は入浴中に原因不明で意識を失い,湯船で溺死した。

妹には3人の子供がいて,長女は初孫とともに妹に一番可愛がられていた。しかし,夫を亡くして生活に苦労し出した妹(娘にとっては母)に,長女は会うことすらほとんどないほど疎遠にしていた。代わりに次女と長男が,いろいろと妹の世話を焼いており,死んだ後もこの2人が中心になって後始末をしていた。

その妹の遺骨は,18年ほど前に先立った夫の墓に埋葬された。娘に先立たれてしまった私の母は,その墓へ毎月の月命日にお参りしている。その度に,墓に誰かが真新しい花を添えているのを見つけるそうだ。花を供えるとしたら,妹の長女しかいないから,まさに大坂志郞の心境になっているのかも知れない。

その妹の死を知ったとき,僕は死んでいてもおかしくない状態だったから,神様がどちらか1人をあの世に連れて行こうとして,何かとこの世でやるべき仕事が残っている僕を避けて,身代わりとして妹を天国に連れて行ったのではないかと思っている。だから,僕は「生き残った」という意識を強く持っている。そして,神様が僕を生き残らせた,この世でやるべき仕事とは,いったい何なのだろうか,とずっと考えている。

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人はいつも目の前にないものをねだる。日本にいるときは,海外旅行がしたいと願い,海外に住んでいると,日本に帰りたいと願う。近くに住んでいる親に会おうとしないくせに,死んでしまったらせっせと墓参りする。日本にいるときは,日本食に飽きて,海外の食事を好んでいるくせに,海外にいくと日本食ばかり食べるようになる。生きているときは,親を粗末にしていたのに,死んでしまった後に親孝行しようと願う。

なぜ逆のことばかりになるのだろうか。なぜ目の前にあることで満足しないのだろうか。日本にいるときは,日本でしか味わえないものを食べ,日本文化を堪能すべきだ。海外に行ったら,その国でしか食べられないものを食べ,そこの文化に親しむことだ。なぜなら,その国に戻ってくることはまずないし,戻ってきても時間が経過していれば,様々なものが変わっているからだ。

つまり,今そこにあるものを味わい,大切にするべきなのだ。親が死んだ後に孝行しても,単なる自己欺瞞でしかない。親が生きているうちに,できる限りの親孝行をして,死んだときには,もう親孝行しないで済むとなるくらい精一杯やるべきだ。なぜなら,そうしないと絶対に後悔するからだ。親は不死ではない。病気や事故を別にすれば,人は年の順番で死んでいく。だから,親が生きているうちは,孝行できる大切な時間だと考えるべきだ。それは,海外に住む時間が有限であることと同じだ。今そこにあるもの,目の前にあるものを,千載一遇のチャンスと捉えて,その人生の一瞬を十分過ぎるぐらいに生き抜くのだ。

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