<芸術一般>バレエ スーパースター・ガラ2022 Aプログラム
2022年11月25日(金)13:00開演 於、東京文化会館大ホール
ルーマニアにいたとき、衛星放送でフランスのクラシック専門チャンネルを毎日ながら視聴していた。その中で、オペラやバレエも良く放映されていたのだが、ボリショイバレエによる、チャイコフスキーの三大バレエもよくやっていた。そして、「白鳥の湖」と「眠れる森の美女」の主役は、ロシアが誇るウクライナ人バレエダンサーのスヴェトラーナ・ザハロワがプリンシパルを演じていた。
新型コロナウイルス感染防止策によって、おのずと家にいる時間が長くなったこともあり、再放送を含めて、2年余にわたってザハロワのバレエを繰り返し見ているうちに、この身長が高く、手足が長い、先天的にバレエをやるために生まれてきたようなダンサーの演技の素晴らしさを、日々堪能していることにある日気づいた。
いつか可能であれば、生の舞台を見たいものだと思って、ふとインターネットで調べてみたら、既に引退していたと知ったのは今年の初めだった。そして、今年2月に勃発したウクライナ戦争が日々悪化していった3月上旬に、フライトが次々とキャンセルされる中をなんとか苦労して帰国した。その後、日本の他国と比べて過剰としか思えない感染防止策が少しは緩和された頃、東京で公演されるバレエをいろいろと調べていたら、なんとザハロワが日本に来て「瀕死の白鳥」を演じるということを知った。
これは千載一遇の契機と考え、貧しい年金暮らしの中でバレエのチケットを購入するのは簡単ではないが、清水の舞台から飛び降りる気持ちで(大げさ?)、最も安い6,000円の五階席のチケットを妻と二人分買い求めた。決断した理由は、ザハロワの生の姿を見られるチャンスはこれが最後かも知れないこと、そして様々な理由から私自身がバレエを舞台で見るチャンスもそうそう頻繁にないという、二重の「いま、ここ」しかないというためだった。
当日のプログラムは以下の画像で掲載したが、一見してわかるとおり、古典バレエ以外にモダンバレエの演目を多く入れている。それでも、各演目を長く演じるわけではないので、私のような素人でも意外と我慢して見ていられるものとなっていた(モダンバレエを見ない家内には、相当に面白くなかったそうだ)。
そこで、各演目についての私の感想を書いてみたい。演目は「 」で表記し、その下に演者の名前を記した。また数字は演目順である。
1.「黒鳥のパドュドュ」
マリアネラ・ヌニュス、ワディム・ムンタギロフ
これは、「白鳥の湖」の中の名場面であり、ザハロワも得意としているものだ。演目全体の冒頭に相応しく、そして親しみやすいものだったが、それ以外に特別な感動はなかった。
2.「月の光」
マチュー・ガニオ
ドビュッシーの私の大好きなピアノ曲に合わせて、男性バレエダンサーが演じた。曲に合った良い振り付けだったと思う。
3.「スパルタカス」
ダリア・パブレンコ、ダニーラ・コルスンツェフ
バレエの古典的かつポピュラーな踊りであり、「黒鳥」同様に安定した演技をしていたと思う。最後にスパルタカスの剣が青く光った演出が、なぜかちょっと気になった。私的には不要に思えたのだ。
4.「Ashes」
ナタリア・オシポワ
ロンドンバレエのナタリア・オシポワが、良い演技をしたと思う。彼女は演技力に非常に優れたダンサーだと実感した。また振り付けは、特に終わり方が相当に良かったと思う。
5.「MEDEA MOTHER」
エレナ・マルティン、パトリック・ド・バナ
正直、シャンソン風の女性の声が流れているだけで、少し興冷めしてしまった。
6.「インポッシブル・ヒューマン」
エドワード・ワトソン
こちらはさらに、詩の朗読まで入ってしまい、もっと関心が薄れた。
7.「Arabakkinn」
エレオノラ・アバニャート、マニュエル・ルグリ
馴染みのないモダンバレエが続くと、もう私の忍耐力も尽きる。良く考えられた振り付けと音楽なのだろうが、私には不快で楽しくなかった。
8.「瀕死の白鳥」
スヴェトラーナ・ザハロワ
これを見たいためだけに、ここに来たと言っても過言ではない。また、観客の大半がそうであったことは、拍手の大きさでわかる。しかも、他の演目はレコードで伴奏していたのに対して、この演目ではチェロとハープが実演していた。この実演する効果は意外と大きいと思う。
ザハロワの凄さは、最初に舞台左袖から登場したときの、背中と手の演技ですぐにわかる。もうそれだけで、この人は最高のバレエダンサーなのだとわかるオーラを全身から発しているのを感じる。そして、最後の死にゆく白鳥の羽ばたきをする手の動きは、かつてのアンナ・パヴァロワには及ばないものの、ザハロワが優れたバレエダンサーであったことを示す美しい余韻を残していた。
アンナ・パブロワの「瀕死の白鳥」
ザハロワの姿をライブで見られたこと、しかも「瀕死の白鳥」を見られたこと。もうこれだけでお腹一杯だ。他に言葉はない。観客席の拍手がずっと鳴りやまなかった。
スヴェトラーナ・ザハロワの「白鳥の湖」
9.休憩時間
女子トイレは長蛇の列となっていたが、男子トイレは閑散としていた。日本では、バレエは男の見るものではないようだ。特に私のような老人には、日本では場違い―アウェイ―という感じがかなり強く感じた。「なぜ見に来ているの?」という女性からの視線を、時折感じたくらいだ。またアメリカやヨーロッパで観劇したときは、家族連れの観客が大半を占めていたが、日本では有閑マダムが大半を占めているように見えた。日本でバレエが市民権を得るのはまだ遠く、時間がかかるようだ。なぜなら、クラシック音楽さえ市民権を得たとは言えないのが現状だから。
10.「シェヘラザード」
ダリア・パブレンコ、ダニーラ・コルンスンツェフ
ちょうど今アラビア語から翻訳した『アラビアン・ナイト』(英語ではシエラザードまたはシェヘラザード)を読んでいるところだ。そして、リムスキーコルサコフ作曲の「シエラザード」は、強烈なロマンを発揮していてとても心地よい響きだ。まさにバレエにぴったりの音楽だろう。しかし、そこにあるのは、実際のアラブ文化や『千夜一夜物語』とはまったくことなる、ヨーロッパ人が一方的に妄想した「アラブ」でしかないのだが、それはそれで芸術としては素晴らしい作品だと思っている。つまり一種のファンタジーなのだ。そうしたことを、このデュエットは良く表現していたと思う。
11.「Limbae」
エレナ・マルティン
またまた、モダンバレエ。しかも関心と共感を持てない音楽と振り付け。
12.「病める薔薇」
エレオノラ・アバニャート、マチュー・ガニオ
モダンバレエが続くと思いきや、グスタフ・マーラーの傑作「交響曲第5番」の第4楽章アダージョを使った振り付けで、マーラーの世界を良く表現していた。また、個人的にはルキノ・ヴィスコンティの映画『ヴェニスに死す』を思い出させてくれた踊りだった。というか、やはりヴィスコンティをイメージした振り付けだったのだと思う。良い作品だ。繰り返し見てみたい。
13.「Ambar」
ナタリア・オシポワ、エドワード・ワトソン
前半見て上手いと思ったナタリア・オシポワのモダンバレエ作品。黄金色(Amber)の布を使って、様々な世界を表現していたと思う。他の人が演じたら退屈になったかも知れないが、オシポワが演じることで一本芯が通ったと思う。
14.「Digital Love」
スヴェトラーナ・ザハロワ、パトリック・ド・バナ
注目しているザハロワのモダンバレエの演目。冒頭の電子音による演出はかなり不快だったが、その後ヘンデルの「水上の音楽」が流れて雰囲気が変わり、これに合わせて演じることで、一気に古典バレエの楽しい雰囲気になった。そして、ザハロワが自身の持てるテクニックを存分に見せてくれるという、楽しい演目となった。ザハロワ万歳!
15.「ドン・ホーテ」
マリアネラ・ヌニュス、ワディム・ムンタギロフ
古典バレエ好きなら、絶対に見たい演目。そして、期待通りに難しい技を屈指して、古典バレエの持つ楽しさをたくさん見せてくれた。このプログラムの実質的最後を飾るのに相応しい演技だったと思う。
16.「The Picture of・・・」
マニュエル・ルグリ
演じたマニュエル・グリがやりたかったバレエなのだろうが、正直言って、振り付けも音楽も楽しくない。さらに、全体のストーリーにオチがなく、未完成という印象が強い作品だった。
全ての演目が終わった後、何回もカーテンコールがあった。日本のお客さんは実に優しい。そして、「バレエを尊敬している」ということを感じた。(関係者ではないが)こうした観客を大切にしなければならないと思う。そうすることで、日本にもバレエを愛好する人たちが老若男女を問わずに広がっていくのだろう。
その後、私と家内はアメ横の居酒屋で「四時から飲み」をして、バレエの余韻を楽しみ、さらに自宅近くの豊洲のファミレスで心身を満たした。もちろん、心の栄養はバレエで、身体の栄養は酒と肴によって。
真の優れた芸術とは、生きる希望を持てないような平凡な毎日(高杉晋作の辞世の句「面白きなき世を面白く 住みなすものは 心なりけり」は、こうした境地をよく表現している)を、明日も生きようと思えるために、心を刺激してくれるのだと感じた。稀代のダンサーの一人であるザハロワと同時代に生まれた幸運を、ただただ感謝したい。
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