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5. アプリの検討(2)- AppExchange体験記

SaaSを始めるにあたっては以下のステップになるとして、前回では
・いつ思いついて(前回分)
・どう開発し(前回分)
・どう販売していき
・どう成長させていくか
の4つのうち2つを書かせていただきました。今回は後半の2つです。とはいえ、ここを簡単に記述しきれるほどSaaSは簡単ではありません。法則的なものができたとしても、それぞれの状況に合わせて変えていかなければならず、ここでも一般論として記述していくことになります。
(トップの画像は早く大きく伸びるタケノコをイメージしてます)

どう販売していくか

こちらは開発時にも記述している通り、まずは最初に採用いただけそうな2社の役割が大きいです。潜在顧客としていろいろご意見をいただき、彼らからはアプリそのもの(構想や使い勝手、値段)などもフィードバックいただきます。これをPMF (Product Market Fit) といいます。
「この最初の潜在顧客となる2社はできるだけセグメント(社員数、事業規模、業界など)を同じにしておいた方がよい」
としているのはその後の販売方法に影響するからです。

もうおわかりかと思いますが、最初の2社(このコンセプトに名前をつけたい。"Prospect 2"じゃつまらないかな)と同じ業界、事業サイズの会社を対象にします。それは
・これまでの会話などの営業での経験を生かせる
・既存となった2社からいろいろアドバイスをもらい改善ができる(こういう関係になっておくことが重要)
・2社の方にはイベントなどで登壇していただき、ユーザーとしての忌憚のない意見を述べていただく(褒めるだけ、期待だけではなく、改善点もあれば堂々とご指摘いただく)
の3点があるからです。また、最初のイベントへお誘いするお客様はこの2社と同じセグメントの方をターゲットにします。お誘いするお客様の企業よりも大きすぎると「これは大手向け」、小さいと「自分のところに合うのかな」、ということで反応が鈍くなりがちです。急成長が始まれば、これらのお客様にも対応できますが、最初からは無理なので、できればそういう対応をせずに商談まで行くために、セグメントを絞ることをオススメします。

どのセグメントでも両手を超えるくらいのお客様が獲得できれば、商談のどういうところでつまずくか、お客様にどう回答すればよいか、などの経験が積まれ
・営業チームは売り方がわかってくる
・技術チームはデモの蓄積ができる
・価格提示のノウハウがたまる
・契約までのスケジュールが予想できるようになる
ところまでいけるのではないか、と思います。こうなるとあとはリードを獲りに行けばいいので、ウェビナーを始めることになります。
採用の話になりますが、2件のお客様が獲得できたころにはマーケティングも、次の営業部隊も獲得に動いていたいものです。もし資金に余裕がなければ、この2社でのPMFがほぼ終わろうというときには資金調達をして、採用を大きく進めたいものです。

どう成長させていくか

成長にはいくつかの要因が関連しますが、まずは製品へのフィードバックループが必要です。自分たちの「この事業で世の中を変えていきたい」という想いを確認するのがPMFで、それまではあくまで仮説にすぎません。PMFでは更に「自分たちの作りたいものが世の中のお客様のニーズと合っているか」という過程で製品も変化していくと思います。この変化をお客様にも一緒に体験していただくことがとても重要です。今の世の中は「共感の世界」と考えて、2件のお客様を味方にしないといけません。CEOやCTOの想いもあるでしょう。バージョン1で泣く泣く見送ったものがバージョン2で来るかと思ったらお客様要望が優先されることもあります。でも、それでいいのです。サービスがうまく行き始めるとサービスは「会社のものではなく、お客様のものになる」と考えて、お客様の要望の検証と実現に力をいれましょう。この要望を把握して、製品に反映するところがフィードバックで、それを何度も繰り返して成長するので、フィードバックループと言っています。
The Modelには以下のような図があり、これもフィードバックループを示しています。左からリード〜商談へと流れ、丸のポストセールスへといきますが、輪の最後に製品にたどり着きます。ここで製品改良が行われ、矢印が下にでて左へいき、「ブランド、クチコミ紹介」へと行くわけです。

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図1.The Model(レベニューモデル)
『THE MODEL(MarkeZine BOOKS) マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』 (p.72-73/福田康隆 /翔泳社)

実はAppExchangeの中でも有名なフィードバックの話がありました。それは名刺アプリで起きたので、皆さんにもわかりやすいと思います。
「名刺をもらったらどうしたいか?」
が大きな命題です。ある大手の営業は「もらった名刺は取引先責任者 (Contact) へ自動的に登録してほしい。いちいち登録するのに問い合わせなど要らない。」と言いました。これはこれで正しいです。
一方、マーケティング部門からは「イベントで登録された名刺は取引先責任者ではなく、リード (Lead) に入ってくれないと困る。そこからリードにコンタクトしてConvert (取引先責任者に変える) のが、インサイドセールスの仕組みなんだ。」と言います。これは大手の営業とは全く異なる意見です。

みなさんならどうしますか?

このとき、2つの方式に分かれました。
a) (手動ケース)
ある会社は一旦名刺を集めてから、1つのステップをいれ、どちら(リードか取引先責任者)に振り分けるか、を決められるようにしました。一括で複数に対して指定する方法もあります。双方の意見の妥協点を作った感じです。
b) (自動ケース)
もう1社はすべて取引先責任者へ自動的に入れることにしました。こちらの会社は名刺管理で大きな実績があり、その名刺管理での発想をそのままSalesforceに展開したのです。大手営業の意見には沿っていました。

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b) の自動ケースで何が起きたかというと、「イベントに参加された、その会社の方々の名刺全部が一気に取引先 (Account) へ登録」されました。これには大手営業が驚いて、「いや、名刺交換した人だけ入ってきてくれればよく、数が増えると結構使いにくい。」となったのです。

結果、Salesforceをご利用のお客様は a) (手動ケース)を選択した方が多かったようです。それを受けて、後者の b) (自動ケース)を採用していた会社も方針を変更して製品を改良することになりました。時間としては1年以上議論したと思いますが、改良後は、結果、大きく飛躍しました。「すごいな」と思ったのはこの方針を変更できる決断です。「過去の成功が自身を縛る」というイノベーションのジレンマは小さい会社でも発生することがあります。私が見たのはそれに陥りそうになりながらも、お客様フィードバックを元に自社の方針を変更し、大きくビジネスを成長させたベンチャーの姿でした。私も多少背中を押させていただいたかもしれませんが、やはりSalesforceの看板が効いたのかもしれませんね。

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さて、SaaSの会社なので最初に製品の成長要因をあげましたが、もう1つの成長要因はなんと言っても組織・社員です。「営業部隊です」と言わないのはSaaSは総力戦だと思っているからです。マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス、開発部隊が連携して、成長していきます。最近はPLG (Product Led Growth) という形で製品の強さだけで販売していくSaaSもでてきていますが、まだ例外的なのではないでしょうか?

まずは起業メンバーで販売を始め、そこから営業部隊を作る。10社以上売れて、リードを増やしていい状態になればマーケティングを、そしてそのころにはカスタマーサクセスを準備する。この間、平行して開発は進んでいきます。初期には
・マーケティングがインサイドセールスを兼ねる
・開発部隊がカスタマーサクセスを兼ねる
などの兼任も普通に発生します。SaaSの教科書的なものがたくさんあるのですが、初期のSaaSで人数が潤沢にいなければ兼務するしかないのです。それでも兼務しているという自覚のもとで動いていくと、あとで人が増えたときに分割しやすいということもあります。このあたりの組織の立ち上げとロールやチーム分割などはある程度経験を聞けるような場に参加することをオススメします。Salesforceを採用されていれば、コミュニティに参加するのもよいと思います。

ある程度の時期を過ぎて、お客様数も伸び、名前が知られるようになると次の壁にぶち当たります。多くの場合、最初から大手向けアプリを作りません。初期投資が大きくて作れないという一因もあります。そこで中小から入っていくわけですが、大手から引き合いがあったら、それは大喜びです。ところが、そのときに大手の営業を経験したことがない場合、気をつけなければいけません。大手になれば稟議を廻すプロセスも、関与する人も増えます。そのため、どのような稟議になっても通してもらえるように手をうっておくことは重要です。「4つの不」というSalesforceのチェックポイントはこのとき有効に機能すると思うので、実践されるとよいと思います。

ここでは上記のようなアクションを通して「採用」までいったあとに起きた事例をお話しましょう。大手の経験のない営業の方が、やはり多少萎縮していたのか、お客様要望に対する会社の方針の説明が曖昧で、そのまま契約となってしまい、契約後に大量の開発作業があることが発覚しました。通常、大手の案件がとれれば会社をあげて喜ぶのですが、そのときは多少違ったようです。交渉を続けていきますが、そもそも曖昧なままにしてきたものを、誰が入っても白黒綺麗にできません。結果、ライセンスは使われることなく、双方歩み寄れずに契約解除となりました。その後、そのパートナー様は大手経験のある営業を採用し、その方がリーダーとして成長していくのですから、何が幸いとなるか、わかりません。また5年後のリターンマッチではきちんと契約でき、ご採用いただくことにもなりました。SaaSの案件は
1) オンプレのように減価償却期間がない
2) スイッチングコスト(切り替え費用)が小さい

ことから、「案件はなくなっておらず、一旦止めているだけ」と考えた方がよく、負けたとしてもちょっとしたカスタマイズが終わる3ヶ月後にお伺いすると「こんなはずじゃなかったんだけどな」という話題がでることもあります。そのようにしてきちんとお客様との接点を保っていけば、どんどん実績を積み重ねていける、まさに努力で伸ばしていける事業だと思っています。逆に努力を怠るとこの2点からひっくり返されることもあります。カスタマーサクセスが重要になりますが、これもどこかでまとめておきたいと思います。

さて、組織や人を簡単に書かせていただきました。成長には、他にも戦略やビジョンなどもありますが、それらは主にパートナー様側でお話されていたことが多く、弊社への問い合わせがあったわけではありませんでした。私たちはそれらに対して製品を実装していく上で課題を感じた場合はそれを指摘させていただいて、ビジョンの実現や戦略の実行にさらに貢献できるようにちょっとだけご支援させていただけたのではないか、と思っています。

また次回をお楽しみに。

開発と販売は分けずにループを作る
昔は日本のソフトは「開発会社」と「販売会社」に分かれていました。トヨタ自動車でさえ、トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売に分かれていたくらいなので、ある一定の考え方として定着はしていた部分もあるのでしょう。
会計アプリを作れば、それこそ「ソフトバンク」を介して流通へ流し、PCソフトとして販売してもらう。そんな流れがありました。
SaaSではこの方法はとれないと思います。なぜなら
「製品のご利用からお客様のフィードバックを受け、次の製品に生かす」
というフィードバックループが働きにくくなるからです。SaaSのよいところはお客様と直接つながれるところ。自分たちのアイデアも製品も「ユーザー会」などを作ればいろいろご意見いただけます。会社の成長に伴い、メッセージを変えていくところは多いのですが、その方向性のヒントまでいただけることもあるかもしれません。
これは社内においてループができあがっているからです。Salesforceでのその仕組みはIdeaExchangeと呼ばれていますが、そもそもはデルの社長マイケル・デルからのアイデアだったようです。最初の大規模顧客からのアイデアが素晴らしかったのも、Salesforceの成長に貢献しているとも言えるかもしれません。

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