「初めての人生の歩き方」(有原ときみとぼくの日記) 第43房:夕日の匂い

 先週の日曜、彼は神戸に出かけた。
 目当ては夕日。「黄昏の絵画たち ―近代絵画に描かれた夕日・夕景―」という美術展を見に行ったのだ。

 日本海育ちの彼は夕日が好きだった。
 彼方の水平線に沈む真っ赤な太陽。
 溶けるように消えていく太陽。
 滲む海。
 染まる空。
 風と波の音、そして日の傾く音。
 夕日を眺めていると、不思議と胸がむずむずとしてくる。
 それはきっと心にたまっていたなにかよくないものが消えていく過程なのかもしれない。
 浄化。
 自然は人を優しくさせる。

 この展覧会は、本当は地元の島根県でみようと思っていた。しかし、彼の都合がつかなかった。半ばあきらめていた時に、次回は神戸で開催と聞きすぐに予定帳に書き込んだ。

 モノレールに揺られ、曇りガラスを眺めなら、気が付いたら下は海。
 彼女と子供が首をひねって顔を外に向けた。
 その顔はとても美しく見えた。

 彼は思わずキスしようかと思った。

 夕日、それは不思議な力で人を魅了する。
 彼ももしかしたら、夕日の魔法にかかってしまったのかもしれない。

 食堂でカレーライスを食べ、夕日の中に潜り込んでいった。
 静かに、ゆっくりとした足取りで。

 夕日。夕日。夕日。

 いろんな時代のいろんな場所の夕日。

 黄昏、夕焼け、夕陽、茜色、黄金色、オレンジ色。

 哀愁、それは優しい後悔に似ていると彼は思った。
 込み上げてくるノスタルジアに心は震え、彼の足は早まった。
 と、次の絵に目を向けた瞬間、彼の心身は完全に止まった。

 〈おうな〉

 そして

 〈渡船〉

 夕日を浴びた老婆の歩く姿。
 ふんどしで船をこぐたくましい男。

 昔の日本にあった匂いがそこには漂っていた。
 畑の匂い。川の匂い。草木の大地の、そして夕日の匂いだ。

 彼は泣いた。
 その涙は彼のぬぐった袖に吸い込まれていった。
 頬に残った軌跡が光の反射で少しだけ輝いて見えた。

 同時刻、美術館の係員に怒られて子供も泣いていたそうだ。
 彼は申し訳ない気持ちになって、一緒に受付でもらった子供用のクイズをやることにした。
 心は夕日のようにゆらゆらと揺れて。

 彼は考えた。
 夕日に魅了された昔の人々は、人生を終えるとき、なにを考えたのだろうか、と。
 はじめての人生、輝くときも沈むときもある。
 曇ってなにも見えないときや、理不尽に涙することもある。
 襲いくる孤独に立ち向かうも、惨敗した過去。

 きっと哀愁とはそれらの苦い思い出なのだ。
 だから人は哀愁に浸るとき、胸が苦しくなる。
 その苦しみは優しさの裏返しだ。

 夕日が今日も沈む。
 明日も沈む。
 これから先、地球と太陽がある限り。

 たまに落ち込む。
 それに浸ろう。
 ぬるま湯にはぬるま湯の良さがある。
 飛び出さなくてもいいよ。
 信じて。
 薄暗い中にある、力強い光を。

 真っ赤に燃える光を。

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