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写真エッセイ〜2024年2月〜

サイン本をメルカリで転売して欲しくない

いきなり写真と関係ないことから始まってしまい、ごめんなさいなのですが、本当に見るたび悲しくなるんです。作家さんが読者のことを思って1冊1冊気持ちを込めて書いたサインであって、お小遣い稼ぎのために書かれていません。ボクのnoteを読んでくださっている方には、「そんなの当たり前でしょ」と思われることだと思うから、ここに書いても正直意味はないのだけれど、「そういう時代だから」という一言で片付けられないから書きました。需要があるから仕方ないのかもしれないけれど、もしメルカリで販売した場合にも作家さんに印税が支払われる仕組みができれば、転売に対する嫌悪感は緩和される気がします。

過去に1度も利用したことはないけど、彩り鮮やかな佇まいが好き

最果タヒさんのサイン本には、サインの横にメッセージが添えられています。ボクはそのメッセージが好きで、新刊が発売されるときは梅田のジュンク堂や、東京の本屋さんの通販を利用して、サイン本を手に入れています。今月も1冊購入しました。まだ本文を1ページも読めていません。メッセージを読んでその本のすべてを受け取れたと感じてしまったからだけど、積読の一番上に今もあるから来月からゆっくり読み始めようと思います。

海を見た

夕暮れ時の海と、翌朝の海。

水平線の向こう側のことなんて、撮っている時は寒過ぎて考えられなかったけど、写真を見ていると海の中には鯨もいるんだろうなと、ピノキオが飲み込まれたシーンなんかも思い出してしまう。鯨のお腹の中で暮らすなんて、漫画やアニメの中の話だと思っているけど、万が一飲み込まれてしまったときに、誰かが暮らしている部屋にお邪魔するようなミラクルが起きないとは言い切れないのがこの世界だと思う。人類が想像できることは、必ず実現できるとよく言われるじゃないですか。

冬の海は命の危険を感じるくらい風が強くて、崖の先っちょで海を撮りたかったけど、ボクにはそんな度胸もないし、安全な場所でぶるぶる震えながら「海は広いな、大きいな」と、風音で周りにいる人の声も聞こえない環境で呟きました。誰にも届かないボクの声。ホントちっぽけだな。大自然を感じた後は、少し離れた場所から海を見ていた。

望遠レンズは大きくて、重くて、街を散歩するには威圧感がありすぎる。住宅地でバズーカみたいなレンズを持って歩いている人に遭遇したら、住民の皆さまを怖がらせてしまうだろうから(逆の立場だったら怖い)、見晴らしの良い場所か、山奥で鳥さんを撮るときか、空港で飛行機を撮るときくらいしか望遠レンズの出番がない。鳥を見つけるのは難しいし、空港までわざわざ行くのもしんどいから、消去法で見晴らしの良い場所へ行く機会が増えた。「陽炎」という望遠レンズならではの悩みが増えたけど、気象条件だから仕方がないと、すぐに気持ちを切り替えられるようにもなった。初めて陽炎に遭遇したときは、レンズが壊れてしまったのかと思ったけど、この時代ググれば大概のことは先人が残してくれている。どれだけ高級なレンズでも解決できないことはある。それを知れただけで、望遠レンズを本格的に使い始めて良かったと思う。

FUJIFILM X100Vが本気を出してきた

世界中のFUJIFILMファンが新機種FUJIFILM X100Ⅵの発表に沸き、先行販売されている海外ではすでに予約が殺到し、手に入りにくそうな状況であることがSNSで報じられている。日本ではLimited Editionの抽選販売は始まったが、通常版は未だ予約開始日も告知されていない。もちろんボクは抽選にエントリーした。今後、手に入れるために、徹夜でマップカメラや、キタムラ、ヨドバシに並ぶ人もいると思う。ネットで予約が殺到する時代だからこそ、あえてリアル店舗で予約する。オンライン予約に全数割り当てられることはないと思っているけど、この辺の事情はカメラ屋さんにしか分からないから、ボクたちはワクワクしながら待つしかないし、頑張るときは震えながら頑張ればいい。

手に入るか分からないカメラのことに悩んでいる時間がもったいないから、ボクは現行機種のX100Vの最終チューニングを進めた。撮影後にパソコンで編集するのがめんどくさいし、FUJIFILMの色が好きだし、写真を撮ることだけに集中したいから。フィルムで撮るのと感覚は似ていると思います。撮ることに集中して、現像は写真屋さんにお任せ。ボクはX100Vをカメラとして、そして写真屋さんとして信頼しています。

3月も似たような写真ばかり撮るんだろうな

BiSHのブルーレイで解散ライブや、その他のライブを観るたび、涙腺が緩んで、いい歳して何やってんだよと、一人で突っ込んでいます。満員の東京ドームで清掃員と作り出した空間は、これまでに観たことがないほど胸がざわついて、もう今日で最後なんだということが信じられなくて、もしボクがBiSHをずっと追いかけていたらあの時間をどんな気持ちで過ごせたか全然想像もできません。解散してからBiSHを知ったのは本当に残念でならないけど、今でも映像や音楽で彼女たちの音楽やパフォーマンスが観られることを幸せに思います。

気持ちが揺さぶられる感覚は嫌いじゃない。写真を撮ってられないような時もあるけど、結局ボクには写真しかないと思わせてくれるから。写真がボクにとってどういう存在なのかは未だに分からないけど、ボクの人生を豊かにしてくれていることは事実だ。これからも事実を積み重ねていきたい。何もなくてもいい。結局最期には居なくなってしまうから。でも、そんなに簡単に割り切れないから、ボクは写真で今を残しているんだろうなと思っています。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。3月も素敵な写真生活をお過ごしください。

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