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一人じゃ気づけなかったこと


#一人じゃ気づけなかったこと

誰の人生でもそうだと思うが、一人じゃ気づけなかったことは本当にたくさんある。何より、「自分」という存在が他者から認識してもらうためには、誰かに「自分」という存在に気づいてもらう必要がある。


例えば、新規事業をはじめた時。この時ほど、存在を認識してもらう大事さを痛感することはなかった。

自分なりに上手くいく青写真を思い浮かべて、はじめたはず。勝算も当然あっただろう。ところが、蓋を開けてみて気がつく。「お隣さんにすら、自分がどんな仕事しているのか知られていない」と。

存在を認識してもらうことで、はじめてその地域に存在していることになる。逆に言うと、物理的に近い距離で生活していても、認識されていないのならば、それは存在していないのと同じことだ。

だからこそ、挨拶することも、相手の名前を覚えることも重要なことになる。当たり前のことなんだけど、自分が認識してほしい「その人」に認識してもらえないと、そもそも選択肢の上がることすらできない。

だからこそ、人が集まる場に顔を出すし、出会った人の名前や人となりを覚えるし、SNSの更新をする。

飛び道具のようにお金を払って広告を打っても、届けたい「その人」の頭の片隅に残らないと、本来の目的は達成されない。

#マジしんどかった


「縁起」という言葉がある。

えん‐ぎ【縁起】
《「因縁生起」の略》
1 吉凶の前触れ。兆し。前兆。「縁起がよい」
2 物事の起こり。起源や由来。
3 社寺・宝物などの起源・沿革や由来。また、それを記した書画の類。「信貴山(しぎさん)縁起絵巻」
4 仏語。因縁によって万物が生じ起こること。

ここで話したいのは「4」の項目について

「縁起」とは因縁によって万物が生じ起こること。ここだけだと難しいからもう少し噛み砕いて説明します。


「わたし」のことを説明するのにどんな言葉を使うだろうか?

「〇〇さんちのわたし」「スポーツが好きなわたし」「内向的な性格のわたし」「〇〇県出身のわたし」…といったように、「わたし」を説明するためには必ず、何かの属性を含めないと、論理的に説明することはできない。

そしてこの「〇〇のわたし」の〇〇の部分との関係性そのものを「縁起」と言います。

つまり、「わたし」という存在は「何か」との関連性がないと認識してもらうことができません。

だからこそ、積極的に属性をつけていく必要性がある。その属性というのも、実は「〇〇さんの知り合い」というのが特に強く働く。固有名として「わたし」が認識されていくと、認知のネットワークはどんどん広がっていく。

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#ネズミ講の画像じゃないよ

ここまでが「縁起」についての説明


実際に自分自身の経験から言っても、顔の広い〇〇さんと知り合ったおかげで、色んなコミュニティーで「わたし」のこと宣伝してもらい、ようやく地域に認識してもらうことができた。

これはすごく不思議な体験で、自分自身の提供するサービスの質が急上昇したわけでもないのに、急にお客さんが増えた。

それまでは、良いサービスを提供していれば自動的にお客さんが集まるものだと考えていた。

こういった経験は、誰からも認識してもらえていない一人の状態のままだったら、気づくことができなかったことだろう。


つらつらと、タグに惹かれて書いてみたけどなかなか読みにくい文章になってしまった気がする😇

拙い文章を最後まで読んでくれた「あなた」に感謝です!