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Raincouver  〜November〜

知らぬ間に地球にかかる重力の値がきつくなったのだろうか。
体がだるくスッキリしない。
頭痛とまではいかないが頭に霧がかかったように重い。

灰色の厚い雲の隙間に伸びる太陽の光。
眩しいなあ。
次にすっきり晴れ渡る空が見れるのはいつ?

バンクーバーの長雨は11月に始まり、年によっては降雪を挟んで、5月ごろまで続く。

この長雨とバンクーバーを合わせて、人はこの時期のこの街のことを”Raincouver”と呼んでひやかす。

11月のRaincouver。
雨の始まりと共に気温が徐々に下がり始めた。
それだけではなく、日照時間が顕著に短くなってくる。

夏の間は午後9時過ぎまで明るかった空も、午後4時には夜の暗さ。
朝、仕事にいって、終わってから遊ぶ。だった夏が終わり、
朝、仕事にいって、終わったら家に直行。の冬。

今年はコロナの影響もあって、秋の長雨が独り身にはじわじわと堪える。

去年は、カナダ生活が新鮮で楽しく、友人もできた。
しかもパンデミックに入る手前だったのもあって、この長雨もさほど気にならなかった。

だけど、今年は...。

このままでいいのかな。
わたし、何してるんだろ。

またこの問いが堂々と巡る。

「永住権」というゴール。
まだ手は届かないが、目に見えるところにあることを実感する。
しかし、その距離の縮めるには、いくつもの山を超えていかなければならない。
年単位でかかる時間、精神力、仕事、お金、英語力。
しかも、山の天気によって登山プランを変更せざるを得ないように、その時々の移民政策で、やってきたことが無駄になったり、はたまた苦労せずとも扉が開いたりもするらしい。

ああ、今日も雨だ。

このままでいいん、だよね。

ああ、また言ってしまった。

雨が続くと問いが深くなる。やっかいだ。

永住権への近道と言われる「ワーク(就労)ビザ」を出してくれる日本食レストランに出会い、採用された。
審査には数ヶ月かかったものの、無事にビザが発行されて、これから2年間今の職場でお世話になることになった。

自分の条件を考えれば、お給料も悪いわけではないけれど、物価が高いバンクーバーでは、なんとかやっていけているという感じで、今後かかる永住権のための費用を貯めることを考えると余裕はまったくない。

それでも、着々とゴールに向かって、一歩ずつ進んでいる。
移民申請に理解のあるオーナーだし、職場の環境はまあまあ恵まれている。
たぶん、私はラッキーな方だと思う。
このまま、日々仕事をこなして、英語の勉強も頑張れば、ゴールはそう遠くないはずだ。なにより、私にはカナダが100%合っている。この1年でそう確信したから今がある。

なのに..。

完璧に順調なラインにのっかってることはわかっているのに、たまに心の声を無視できなくなる。

「日本の友達は、それなりにキャリアを積んでっているのに、わたし、30半ばになってキッチンジョブかあ...」

とか

「もう1年もカナダにいるのに、いまだに英語でうまくコミュニケーションが取れない。正直、辛い。しんどい。永住権を取ってやっていけるのかな...」

とか

「パートナーのいる人が眩しいよ。うらやましいよ。せっかくできた友達はパンデミックで帰国しちゃったし。なんとなくの友達はいるけど、本物じゃない。さみしいー」

とか

「かといって、日本に帰って、またあの日本の空気感の中で一からやり直すと思うと、それは耐えられないわ」

とか

「本当に私はカナダに住みたいのだろうか。本当に?なぜ私は...」

爽やかで賑やかな夏の間は見えてこなかった、さまざまな問いが、雨が深まるにつれて、どんどん浮き彫りになってくる。

一方で、このループにハマると、ネガティブな方向に思考が堂々巡りするだけなこともわかっている。

なにも産み出さない。
それどころか、過去と未来に囚われ続けてしまう。

その声に飲み込まれないように、宣言する。

「これは私の決めたことだから。私の選択は正しい!」

ぐちぐちとした心の中を、宣言とともに、白一色で上書きする。

そして、顔を上げた。

しかし、

顔を上げたのも束の間、灰色の空とシトシトと降りしきる冷たい雨に、自然と目線が低くなる。

落ちた目線とともに、灰色の空が、たった今、白に上書きしたばかりの心の中を、さらに上書きしていく。

この雨を超えることができなければ、この国で暮らしてはいけない。

負けるな、私。

つづく


****☺☺☺****
カナダで暮らして20年。たくさんの人達と出会い、永住する人、帰国する人、そのあいだの葛藤と希望を見てきました。
「永住するってどういうこと?」をテーマに、オムニバス形式で、限りなくノンフィクションに近いフィクションを綴っていこうと思っています☺
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