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仕事のはなし ~接客業編~


はじめてのnoteで自己紹介してから間が空いてしまいました(^_^;)
自己紹介にたくさんのスキをありがとうございます!

今回は、お仕事についてお話してみようと思います!
いままで経験したことをだらだらと書いてしまったので、とても長いですがよかったらチラっと読んでみてくださいね。


高卒でフリーター歴めっちゃ長い!

私、yuihaは高卒で27歳くらいまでフリーターをしてました。
もともとは、専門学校進学予定でイラスト系の学科にAO入試で合格が出ていたのですが・・・嫁姑問題に巻き込まれ、親に入学金を払うのを拒否されたのでそのまま流れました(笑)

なので、正社員になるまでにそれなりにアルバイトやら契約社員やらをしていろいろな経験をしてます!
接客業を10年くらいやったのちに、異業種転職をしているのですが・・・業種が変わったから今までの経験が無駄になる、なんてことはなかったです!
今思えば無駄なことは一つもなかった~といえるので、やっぱり何事も無駄なことはないんだな。って思ってます。

今までやってきた仕事

  • ホームセンター

  • ケーキ店

  • 花屋

  • 催事

  • カラオケ店

  • 日雇い

以下、無駄に長いので読むの疲れます(笑)

【ホームセンター】

高校1年の冬に始めてアルバイトを始めて、ホームセンターのレジ打ちからスタート。品出し・見本家具組み立て・サービスカウンター対応・木材カットなど、自転車の検品以外全部できるようになった。後半は、ほぼパートさんの手伝いをして過ごす。

【洋菓子チェーン店】

高校卒業後、フリーターとなったので昼間は某洋菓子チェーン店で働き、夕方からホームセンターで働く二足のわらじを始める。クリスマス商戦でごった返していた日、店長がモンブランをトングで持った際に滑り落として私の背中にモンブランがダイブ。
忙しすぎたので、背中にモンブランをつけたままラストまで働いた思い出。
一定時間過ぎた生菓子を社割りで買えてよい。
上司の指示ミスにより、実行した私がセキュリティ部にめちゃんこ注意を受ける。理不尽。

【花屋】

ホームセンター3年目くらいに園芸コーナーを担当する機会が増えたほことにより、花に興味を持つ。
地元の個人経営の花屋が求人を募集していたため、ホームセンターとケーキ屋を辞めて花屋に。
切り花ではなく苗物を扱うお店で、販売以外には契約先やお客さん宅の花壇づくり、寄せ植え教室などもする。
店長がやばすぎたので、入った当初3~4人いたパートさんが自分が辞めるときには0人になっていた。
ちいさな子どもがいるパートさんが子どもの行事で休みを希望することに納得いかない店長が「仕事と家庭どっちが大事か、旦那さんと話し合ってきてください」と言って最後のパートさんもいなくなった。
その後同僚とデキ婚した店長が、産休に入った奥さんと一緒にいたいために職場にほぼこなくなった。
この時点で従業員は店長以外に私ひとり。
無休だった店の定休日を決めることになり、店のカギも渡された。
そこからぼちぼち続けたが、得るものがなくなったので辞めた。
店長がアレだっただけで、未だに花屋が天職だと思っている。

【催事】

中継ぎのためにお歳暮・お年賀の催事売り場で働く。
クリスマス商戦時には、おもちゃ売り場でラッピングに駆り出される。
洋菓子チェーン店で働いていたおかけで、ある程度のラッピング技術はあったので苦労はしなかった。

【日雇い】

期間的なものなので次が決まらないまま終わり、一旦ニート。
実家暮らしといえど、生活費の支払いもありお金は必要なので日雇いで働いてみた。

【カラオケチェーン店】

接客業最後となる、某カラオケチェーン店で働き始める。
早番だったのでパートさんやフリーターさんたちと楽しく仕事をするが、ランチ提供等もする店だったので、2時間で100食捌くとか鬼のような日々もあった。
夜の宴会タイムに遭遇した日は、大量のビアジョッキを持った店長が通りすがりに落としてぶちまけたので掃除をさせられる。
それを見た常連さんが「店長ひどいね!自分で掃除すればいいのに!」と同情してくれた(笑)
しばらくして、時給上げてあげるからフロント覚えてと店長に言われて中番に入り、大学生に指導してもらう。のちにこの回が波乱を巻き起こす。
メインがフロント業務になって、副店長とも仲良くなったところでシフト変わってほしいと頼まれ・・・よく見たらその日は【13時間勤務】の日だった。そこ代われとかアホやろ。代わった。
副店長が辞めてしばらくその座が空いていたし、推薦されたけど拒否。
上の人間に嫌われていた2人目の店長のおかげで(?)本部長とエリマネが味方についた。
そのうちに会社の体制が変わり、「ちょっと名前貸してヨ。」と本部長に言われ、気づいたら勝手に昼間の責任者についてた。
時給は上がった。
3人目に異動してきた店長と我々早番組の反りが合わず、「彼は店長試験落ちてるから立場は(私と)同じだよ」という助言のもと、エリマネと3人で話合いの場を設ける。
こちらの意見を伝えたら、店長(男)に泣かれた。むり。
エリマネに「(店長と)一緒に働きたくないから辞める」と伝えたら、1ヶ月有給使ってていいから待ってくれ、向こうを異動させるから的なことを言われ待機。(週1くらいで様子見出勤した)
本当に店長が別店舗に左遷させられてしまったので、仕方なく復帰。
4人目の店長が異動してきたが、繁忙期に大部屋の機材の調子が悪いから見てほしいとバイトに言われた際に「俺ここにきて日が浅いからわからない」で取りあってくれないと泣きの電話が私宛に入り、かわいそうなので24時頃に自家用車で出勤することもあった。
例の店長が異動してから半年後、家で仕事をしているときに倒れて緊急搬送。過労とストレスで腸に穴が空き1週間入院することになったため、「頑張ること」を辞めた私は退職。

ちなみに、カラオケ店でフロントをするようになってから厄介常連客に好かれまくった。
誰にでも威圧的な長老会の会長みたいな人が私にだけ柔軟になるとか
中学生の子供を持つ男性に近くのファミレスに呼び出されてネックレスを渡されたりとか
父親と同年代の男性に、新車の助手席誘われたり伝票渡すときに手がぶつかって照れられたりとか
ついたあだ名は「おじさんキラー」
こういうのも相まって、「もう店長までやったし接客業やめよ。」ってなったのが転職の経緯でもある。

がんばりすぎたら諭吉が10人逃げてった

当時二足のわらじ中の25歳の私は、頼られたいマンでした。
カラオケ店で店長していて、他の従業員を見捨てることもできなかったし、でも自分のやりたいことはこれじゃなかったので、転職を考えていてすでに別の仕事を始めている状態。
別の仕事はデスクワークですが、通勤にかかる時間はドアtoドアで片道2時間半。
10-19のフルタイム+週に数回フルタイム後にカラオケ店の手伝い2時間くらいの平日に、土日どちらかのカラオケ店出勤。休みの日は都内へオタ活をしに行くなどを半年ほど続けていました。。。

別の仕事はライター業で、週3日出社の2日在宅勤務です。
ある日を堺に、だいたいお昼を食べたあとにお腹がめちゃくちゃ痛くなりトイレと友達に。
次第に腹痛だけじゃなく、吐き気も伴うようになってきたので「おかしい」とは若干思いつつも、短時間で回復するので放置。
そしてとある在宅業務の日に、トイレから全然出てこない私を心配した母親が見かねて119。
救急隊にトイレから引きずり出されました。。(ちゃんと履いてたよ)
そのまま搬送されて、車椅子でいろいろな科を回されるが特に異常なし。
帰宅したものの、その日の夜に下から出血し始めて焦りが・・・
明日の朝も治まってなかったら外来いこうと親に言われ、結局外来にいくはめになりました。
さすがに出血していたので、入院覚悟で準備して外来受けたら腸に穴が空いていたことが判明し、即入院。とっても暇な入院生活の始まりです・・・

入院期間1週間。
血液検査と最初と最後の内視鏡検査以外は、自然治癒のため24時間点滴しているだけ。特にやることはなく、昼間にお風呂にはいるくらいでした。
そして、退院時は体力が減っていて歩くのがやっとだったので、父親が代わりに精算してくれたのですが、諭吉が10人ですとのこと。
(生命保険に入っててよかったと感じた25歳秋)
頼られると断れない、誰かに必要とされることで自己肯定感を上げていた自分が「がんばること」を辞めるきっかけになった出来事でした。

やりたいことを仕事にしたい

仕事やると1日がとても長く感じますよね。
この頃の私はそうでした。
今の私は1日があっという間に過ぎています。
あのときより年齢を重ねているせいもあるかもしれませんが、自分が興味のある分野で働くことで働くことが楽しいと思えていることも大きいと思います。

10年以上接客業をしてから、高卒で専門性がなにもない私がゲーム業界という異業種転職を成せたのはタイミングと運がよかったからかもしれません。
でも、当時の環境に不満があったりもっとよくしたいと思ったりしたタイミングで一歩踏み出せた自分を褒めたいです。
環境を変えることは、多少なりともリスクを伴います。
それでも、今を変えたいと思ったら一歩踏み出すべきだと思いました。

長ったらしくなりましたが、接客業編はおしまいです!
次は、ゲーム業界編をお伝えできたらなと思います。

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