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小指でした約束を、薬指で誓い合う。

「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます!」

「指切った!」

遠い昔の記憶、誰もが口にした事のある約束の言葉を、忘れず守った人間はどのくらいいるのだろう。

嘘をついたら針千本飲ますなんて、子供の頃は考えもしなかっただろう。そもそも、幼子の考える針千本は、魚の方のハリセンボンをイメージする可能性が高い。

針というものに触れたのはいつだろう。小学校に上がってから? 家庭科の授業は四年生になってからだっけ。何にせよ、遠い記憶は薄れていき、引き出しに仕舞った思い出の中、見つけられないという事は大した衝撃でもなかったのだろう。

実際、その頃には小指で交わした約束を忘れてしまった。


『指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます!』

『指切った!』

テレビの中、子役の男女が公園で指切りをしていた。なんてことのない、有り触れた一瞬。彼らがこのドラマの主役なわけでもない。伏線にもならないこのシーンに、私の心は幼少期まで遡ってしまった。


子供の頃、近所に同い年の男の子が住んでいた。男の子というには可愛すぎる容姿で三つ上の姉によく髪を結ばれていたその子は、何の取り柄もない私と家が近いという理由だけで仲良くなった。

保育園でも一緒、帰ってからも一緒。あまりの仲の良さに双方の親は、将来は結婚するんじゃないかなんて馬鹿みたいな事を言ったものだ。それを聞いた彼は、保育園の砂場で遊んでいる時に小指を差し出した。

『僕たち、おっきくなったら結婚しよう!』

『結婚?』

『うん、結婚したらずーっと一緒にいられるんだよ!』

その言葉に私は目を輝かせた。明日も明後日も、彼と遊んでいられたら。恋にもならず、愛とも言えない感情は、未来が希望に溢れているものだと信じて疑わなかった。

『じゃあ、約束ね』

指きりをして笑い合う。まるで世界で二人だけになったような気分で交わした約束は、確かに輝いていた。


その後、小学生に上がり、高学年になる頃には喋らなくなった。中学生になる頃には見向きもしなくなり、別々の高校に進学してお互い恋人が出来て、ついには遠く離れた大学へ進学し、関わりすらなくなってしまった。


約束は、海に投げ捨てられたゴミのように深く落ちていき、捨てた事への罪悪感すら無くなってしまうほど時間が経った。


ソファーに寝転びクッションを抱えながらドラマを眺める。内容なんてほとんど入ってこない。私の頭は明日の事でいっぱいだ。募る緊張感を少しでも緩和出来たらとおもむろにテレビをつけたが、こんな事では消えてくれないらしい。

「面白い?」

「全然」

頭上から降って来た声の方を見ず返事をした。相手は特に気にしていないようで、ソファーのひじ掛けに腰を下ろし私の髪を梳く。

「伸びたねぇ」

「正直頑張ったと思わない?」

「うん。明日が終わったら切れるよ」

「どのくらい切っちゃおう……思い切ってショートとかどう?」

「いいんじゃない?……ああでも、」

「何?」

髪を梳いていた手が止まり、私はようやくそちらに顔を向ける。精悍な顔立ちの男性は、少し頬を染め、照れ笑いするような表情で口を開いた。


「出逢った時と同じくらいだね」


人生は決して幸福なもので出来ているわけじゃないと思う。ここに至るまでの道のりは、短いようで酷く長い、悲しみが降り積もり足を止めてしまう夜が何度もあった。

ぶつかってすれ違って涙して、それでも共に歩む事を諦めなかった人間に、一つの区切りが訪れるのかもしれない。

明日の方が、幸せになると心のどこかで思い続けている限り。


ステンドグラスが美しい教会で、真っ白なドレスに身を包んだ。一歩、また一歩と同じく白い装いの男性が待つ所まで進む。ヴェール越しに見る彼は、愛しさが抑えきれないようでにやついている。そんな私も同じような表情をしているのだろう。

彼の手を取り、長ったらしい言葉に頷き向き合う。手袋が外され白金の輝きが二つ、目の前に差し出された時、鼻の奥がツンとした。

海に捨てられたゴミのように成り果てた約束が、長い時を経て美しい形へと変化した、シーグラスのようになってくれた事への喜びに。

震える手で薬指に白金を嵌め合い、どちらかともなく指を絡ませて握り締めた。

「愛する事を誓いますか?」

顔を見合わせて、口を開いたのはほぼ同時で。それだけで会場に笑いが溢れる。クスクス笑う私の耳元で、彼は囁いた。

「言ったでしょ?嘘ついたら針千本飲ますって」


小指で約束した未来が、長い時を経て薬指で誓った今になった今日を、私はきっと、死ぬまで忘れる事が出来ないのだろう。


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