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短編「面白い話がある」という手紙

むかーしむかし、あるところに齢四十ほどになる男がおりました。

その男は、山深い地域で、住まいを貸したり、宿を営んだりしながら暮らしておりました。

そんなある日のこと、突然1通の手紙が届いたそうな。

そこには、こうあった。

「面白い話がある。聞いてほしいから時間を作ってほしい」と。

手紙の主は、政で決まった仕事の任に就くために、わざわざ自ら手を挙げて、1年ほど前に外の村からやってきた男だった。

手紙の主とは、何度か少し話をしたことはあったが、そこまで親しい間柄ではなかったので、手紙を受け取った男は、一体全体今回はなんの用だろう、と首を傾げていた。

というのも、この手紙の主は、男の商売のことについて「あなたの商売について教えてほしい」とか「これはどうやったらうまくいくのか」「儲かるのか」などと、そんなことまで訊くのかというようなことを根掘り葉掘り一方的に訊いてくるばかり。丁寧に答えたとしても、そのお返しとしては、自身の就いた仕事の愚痴をただただ垂れ流してくるばかりだったからだ。

そんな折にこの手紙を受け取ったのだった。

男は、この手紙の主とのやりとりによって、時を浪することに、少々、いや、大分にうんざりしてはいたが、手紙がいつもとは違う様子であったことが気に掛かり、手紙の返事を書くことにした。

「明日の夕方には時間を作るので、よければお越しください」と。

次の日の夕方、いつものように薄っぺらいにやけ顔を浮かべて、手紙の主は現れた。

もちろん手土産などない。

男も期待などしていなかったが、自然とため息が出た。渋々な雰囲気を何とか押し殺して、手紙の主を招き入れ、座布団を差し出した。

座布団に腰を下ろした手紙の主は、お元気ですか?などという挨拶もそこそこににやけ顔をさらににやけさせながら話し出した。

「実は、今のこの町から任せられた仕事を辞めることにしました」

この町からいなくなるのか。その挨拶に来たということか?面白い話というのは、これとどういう関係があるのだろうか。今のところ全然面白くない。

手紙の主は、さらに続けてこう言った。

「仕事をやめて、町の議員に立候補することにしたので」

つまり手紙の主は、票を集めに来たようだ。この町の議員の高齢化が進み、引退する議員が現れたので、その席を狙って立候補することにしたようだ。投票してくれ、つまりそういうことだ。

男にとっては、信じられない話だったが、結局この手紙の主は、面白い話があると言っておきながら、実のところは面白い話は欠片もなく、自分の話したい話をしにきただけだった。

「この人は、私の人生の大事な時間をなんだと思っているんだろう」

そんな心の声が、ずっと男の中をぐるぐると旋回し、耳には何も届いていなかったが、手紙の主は何やら話を続けた後、最後は来たときと同じにやけ顔で帰っていった。

結局最後まで面白い話はなかった。むしろ腹が立った。これで票をもらえると思っているのだから、笑える話だ。

わざわざ時間を作らせて来るまでもなく、最初の手紙に要件全て書いて送ってくれていたほうが、まだ結果はよかったのかもしれないな。

手紙の主が去ったあと、男はふと思った。

その手紙の主からは、その後も懲りずに何度か何やかんやと自分の都合ばかりの手紙が届いたが、男は二度と手紙の主へ返事を返すことはなかった。もちろん票は入れていない。今後も一切入れないだろう。

選挙の結果、手紙の主は、この町の議員になった。

本当に笑えない話だ。

男は一人ため息をついたのだった。

この町がこの先どうなってしまったのか、そのお話はまた別の物語で。

おしまい。

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