忙しない建築学生だった大学時代

みなさんこんにちは!
今日は大学時代のことについて、少しお話ししたいと思います。

前回の記事にも簡単に触れましたが、私は躰道という武道の部活に所属していました。部活がすごくハードだった分、建築や学問には最低限の時間しか割かず、何のために大学に入ったのか…という大学生活でした(笑)
元々、大学入学時には新しいことを始めたい!という気持ちが強く、それで見たことも触れたこともない武道の部活に入ることに決めました。建築学科に進学を決めたのは父が大工で1番身近なものだったから…くらいなもので、正直そこまで建築に愛着もなかったのです。

建築学科はキツいよブラックだよと新歓の時からあらゆる先輩に言われ、いざ設計課題が始まると提出直前は徹夜(自分が日頃部活ばかりのせいもある)、提出直前でなくても部活が終わる21時過ぎに製図室に戻り作業をして、日を跨ぐ頃に帰る…という生活リズムでした。

でも設計課題というのは、適当にこなすことができるものでもありました。大した思想やアイディアがなくても図面や模型があればある程度受け入れられて、プレゼンの時大した評価もつかないけど、単位がもらえないわけではないのです。それに甘えて、当時は適当にやろう!と振り切っていたわけでもないですが、設計をとことん突き詰めることをいつの間にかサボりはじめていました。自分はセンスがないなあなんて思いながら(笑)

一方で所属する部活では、圧倒的な実技を見せてくれる監督や、かっこよくてリーダーシップのある先輩たち、やる気に溢れていて素直で頑張り屋な同期に囲まれて、部活が創成期だったこともあってどんどん主軸が部活になり、放課後も土日も部活に明け暮れていました。

私はそんな感じで建築学科と運動部の、一応二足の草鞋で4年間を走り抜けました。
4年間で得たものは圧倒的タフさとメンタルです。むしろそれだけです。(笑)
部活の合宿も、建築の卒制も、全部途中で辞めずにやりきりました。

ただ、建築も部活も1つ1つを突き詰めるということが私には足りず、4年間を走り抜けて形として手元に残ったものがほとんどありませんでした。建築でコンペに出したり、賞をもらったりというのが一つもなかったのです。部活では出場歴やメダルは残ったものの、今後のキャリアや就職を考えた時には、思い出に過ぎない…。

就活の時期になると、社会に出て建築一筋でやっていきたい!という気持ちが強くなり、手当たり次第に設計職の面接を受けました。当時の私には建設会社の設計も、いろいろなハウスメーカーの設計も、設計事務所の設計も、全く区別がついていませんでした。謎に「設計側に自由度がどれだけあるか」みたいな指標で測っていた気がします(笑)


長くなってきたので、就活編は次回に書かせてもらいます。
ここまで読んでくださっている方がいましたら、本当にありがとうございます。
次回も読んでくださると嬉しいです!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?