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ただひたすらシューッと

シェアハウス「萬寿屋」は、敷地の一角にフキがたくさん生えていて、この季節になると大家さんのお母さんが、袋いっぱいに摘んだフキをお裾分けしてくれる。

2018年5月、初めて受け取ったそのフキの束の、調理方法すら分からなかった。

その夜、当時のルームメイトのちえみちゃんが、いただいたフキを下茹でして、水に揚げたその皮を一本一本丁寧に剥いているのを、私はただ見学していた。ちえみちゃんは慣れた手つきで一本一本仕上げていく。皮と筋を取り除いたフキを水に浸して一晩置き、アク抜きするのだという。なんて面倒な食べ物なんだ、とそのとき思った。

2019年5月、当時のルームメイトたちはそれぞれに新居が決まり、シェアハウスは一度解散した。私たちが引っ越す直前まで、大家さんはたっぷりフキを分けてくれた。私も初めてフキの筋取りをしてみた。セロリの筋取りに少し似ている。でもセロリの5倍は面倒だ。

2020年5月、緊急事態宣言下で家に引きこもっていた。宣言が明けてから、ご近所のお母さんにフキの煮物をいただいた。とても美味しかった。あれだけの手間をかけてでもこの味を楽しみにする理由がわかった。

2021年本日、今年初めてのフキの筋取りをした。1日が終わる前に、テーブルに付いて、ひたすらスジを取る。なにも考えず、ただひたすら繰り返す単純作業。漬物をはじめてから、こういう時間が増えたな、と気づく。ただひたすららっきょうの皮を剥く、とか、ただひたすら赤紫蘇を煮る、とか。それは決まって、夜更けだった。

旬をつかまえる。春の苦味をつかまえる。夜な夜な、喜んで。


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