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数字しか見ない投資の先に未来はあるか

日経平均株価が3万8915円の史上最高値を付けた1988年に、初めて投資の仕事に就いた。投資に関わる僕の最初の仕事は、年金資金の債券運用だった。その当時、隣のグループにいた株式の運用者がどんどん値上がりする株価ボードを見ながら「神風が吹いている」と株式市場の熱狂ぶりを口にしていたことを今でも鮮明に覚えている。そこから投資や資産運用に関わる業務の経験を積み重ねながら今年で35年目を迎える。

新たな年を迎えると、今年はどのような市場環境になるだろうか、お客様の期待に応えることができるだろうか、といつも緊張と不安が入り混じる。正直、この仕事が楽しいと思ったことは一度もない。世界の経済や金融市場という誰もコントロールできない怪物に対峙しながら、突発的に起きる戦争、予測不能な地震やパンデミック等の影響を受けつつも、お客様の大切なお金を預かり、増やすという責任を負っているのだから当然だろう。おそらく、他の運用者も同じ心境ではないだろうか。



数字しか見ない投資の先に未来はあるか


正月に、僕の子供達と投資の話をする機会がありました。彼らは、成人する前からお年玉などで鎌倉投信が運用する投資信託「結い 2101」に投資をしてきたのですが、社会人になって収入も増えてくると世界の株式に幅広く分散投資をするグローバル株式インデックス商品への投資も始め、しっかりと資産形成に取り組んでいます。

なぜ投資をするのか?と尋ねると、銀行預金にお金を預けてもお金が増えないからだとのこと。仕事は自営業ということもあって、将来の生活が保証されていないという漠然とした不安があることも察しがつきます。

次に、なぜグローバル株式インデックスを選んだのか、と尋ねると、運用成果が良好で効率的にお金を増やせそうだからという理由でした。言葉を替えると他に「これ」という投資商品が見当たらないという消極的な選択肢とも受け取れました。確かに、数多くある投資商品や株式の中から自分に合ったものを選ぶことは容易ではありません。そのため、僕も、シンプルで分かりやすく、経済が右肩上がりで順調に推移する中では、割と成果を得やすいインデックス型の投資商品を選択することはよいと思っています。

ただ、こうした話をする中で、お金(数字)しか見ていない、これだけ買っておけばいい、過去の運用実績を見て投資は儲かるもの、という単純化された思考の中でお金が動くことには不安がよぎります。今年から始まった新NISAをきっかけに、その投資資金を取り込もうと金融機関の勧誘にも力が入り、お金が一斉に投資に向かい始めました。こうして同じ方向にお金が流れ始める時は、なおさら冷静でありたいものです。

投資は、経済にとっても、社会にとっても、何より自分自身の生活や成長にとっても、大切で必要なことだと思っています。しかし、ただお金を増やすことだけを目的にした投資、数字しか見ない投資に対しては、ずっと違和感を抱いてきました。こうした投資マネーが増えることによって金融バブルは形成され、その崩壊によってしばしば経済と社会が混乱する姿を何度も見てきたからです。

それだけではありません。膨張する投資マネーと資本主義経済のグローバル化は、切っても切り離せない相互依存の関係にあります。今の構造のままだと、投資するお金が増えれば増えるほど、経済は拡大し続けなくてはなりません。そのことが、気候変動など人類が直面する様々な課題を生む原因にもなっていることは皆さんもお気づきのとおりです。仮に目先のお金が増えたとしても、ただお金を増やすことだけを考える投資、数字しか見ない投資の先に、今の若者や子供たちが幸せに生きていく社会や未来を描けるでしょうか。恐らく描けないでしょう。僕の心の中で、35年間拭い去ることができないモヤモヤした気持ちがそこにあるのです。

数字しか見ないお金が集まりやすい金融市場の構造

僕が投資に関わるようになった1980年代後半以降の経済危機を見ると、1987年のブラックマンデー、1990年の日本の株式・不動産バブルの崩壊、1997年のアジア通貨危機、1998年のロシア通貨危機、それらの通貨危機をきっかけにヘッジファンド会社LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)社の破綻、2000年のITバブルの崩壊、2008年のサブプライムローン問題に起因するリーマンショックなど、新型コロナウィルスによる混乱を除くと経済危機の全ては数字しか追わない投資に端を発しています。今のところ経済危機に発展していませんが、昨年のスタートアップに過剰融資をしたシリコンバレーバンクと、暗号資産関連企業との取引が多いシグネチャーバンクの相次ぐ経営破綻も類似した構図です。

それまでの経済危機は、どちらかというとモノを過剰に作りすぎて投資にブレーキがかかったり、消費意欲が減少したり、原油価格の上昇による物価の急騰など実体経済における生産と消費のアンバランスから生じるものでした。このことからも、近年では、金融市場が持つ構造的要因が経済や社会を不安定化させていると考えるべきはないでしょうか。

では、なぜ金融市場に端を発する経済の混乱が、このようにしばしば起きるのでしょうか。僕は、「ただ増やすことだけを目的としたお金、数字しか見ないお金が集まりやすい構造」が金融市場の中にあるからだと考えています。

その構造とは、
一、実体経済以上に投資マネーが増殖する資本主義の構造
二、お金を増やすことが共通目的化しやすい金融市場の構造
三、短期的な利益志向に陥りやすい市場取引の構造
四、金融市場が作り出したレバレッジという打ち出の小槌
五、人と社会を分断した投資理論
の五つです。それぞれについては、改めて書くとして「お金を増やすこと、数字だけを追い求めるだけの投資」からどのようなことが起きるか想像してみましょう。

お金を増やすこと、数字だけを追い求めた投資の先に何が起きるか

もとより投資そのものが問題ではないし、インデックス運用やアクティブ運用といった投資の手法自体が問題でもありません。投資には、会社の事業を長期的に発展させ、社会に必要とされる新たな商品やサービス、産業を生み出す役割を担うと同時に、証券取引を通じて、皆さんのお金を増やす両方の機能があるからです。しかし、膨張を続ける大量のお金が、お金を増やすことだけ、数字だけを追い求めた時にどのようなことが起きるでしょうか。

一つは、投資マネーと経済との間に乖離が生まれ、金融市場が経済や社会を常に不安定化させるリスク

次に、日本が抱える様々な社会課題や世界が直面する気候変動など地球レベルの大きな課題を解決させることには寄与しない
です。

グローバル経済と金融市場はどこまで均衡を保てるか

皆さんが、世界の株式市場全体に投資をしているとしましょう。世界株式インデックスは、リーマンショック以降から最近までの期間でみれば、最も高い運用実績を上げた投資商品の一つです。将来の株価を予測することはとても難しいのですが、株価の裏付けとなる経済規模と金融市場のバランスは常に重要な指標となります。

例えば、世界の株式市場に今後も高いリターンを期待し続けたらどうなるかを想像してみましょう。2023年の株式時価総額は約108兆ドル(約1京5000兆円)ですが、仮に配当を除く株価の上昇率を6%と仮定すると、20年後の株式時価総額は約350兆ドル(約5京円)になります。その受け皿となる世界経済が、仮に2.5%成長した場合のGDPは約170兆ドル(約2京5000兆円)です。世界の著名投資家 ウォーレン・バフェットが示すバフェット指数によれば、この比率が1倍を超えると株価は割高と判断され注意信号がともります。この指標を用いれば、10年後のバフェット指数は1.4倍、20年後には2倍になります。仮置きの前提で頭の体操の中の話ですが、これだけの投資マネーを実体経済は吸収することが可能でしょうか。僕は、かなり難しいと思います。

また、2023年時点の世界の株式時価総額上位の会社をみると、1位アップル約3兆ドル(約435兆円)、2位マイクロソフト約2.8兆ドル(約406兆円)、3位サウジアラビアオイル約2.1兆ドル(約304兆円)です。技術革新が進む中で、こうした会社が今後も株価を伸ばし続け上位に居続ける保証はありませんが、前述の世界が実現した時には、世界トップの会社の時価総額は1000兆円を超えてくるかもしれません。世界のGDPの10%近くを占める規模感です。グローバルに進む私有財産としての資本の集積が大きな国家の経済力をもしのぐ時に、どのような世界秩序になっているかは僕の想像の範囲を超えています。しかし、何もしなければ富の偏在はさらに進むし、地球環境にもより負荷をかけることになるでしょう。それだけに、会社は、自社の利益を追求する以上に社会的な視点、公共的な視点を持つことが一段と重要になってきます。投資家もそれを支持する存在になっていなければ、いい未来を描くことはないでしょう。

お金を増やすだけの投資に日本の未来は描けるか

少し違う観点から日本を観てみましょう。政府が掲げた国民の資産所得を増やそうとする計画の中で着目されたのが、約2000兆円の個人金融資産です。その内、おおよそ20%が、株式や投資信託などへの証券投資です。政府は、その比率をさらに高め、投資を通じて個人金融資産を増やして経済を活性化しようと目論んでいるのです。確かに、欧米に比べると、日本国民の証券投資の比率は低く、特に米国と比べるとそのことが消費、ひいては経済にマイナスの影響を与えているのは確かです。しかし、実際には、皆さんのお金は、皆さんの知らないところで既に投資に回っていることをご存じでしょうか。例えば、個人金融資産の50%以上を占める銀行預金の内、約3分の1は銀行を通じて様々な有価証券に既に投資されていますし、個人金融資産の約25%を占める保険金や年金積立金の大半も投資に回っていることを考えれば、個人金融資産の半分以上は直接・間接的に既に金融市場に出回っていることになります。日銀が大量に購入したETF投資も元をたどれば銀行預金です。

その一方で、全体としてみれば、投資に回るお金の総額は決して少なくはないにもかかわらず、日本では、少子化や高齢化が進み、相対的な所得格差も拡大し、教育や研究開発力を含めて様々な観点から国際的な競争力が落ちています。米国のように経済をけん引する大手企業の顔ぶれがこの20年でガラリと入れ替わるまで行かないにしても、日本では、産業構造を動かすほどのイノベーションが起きていないことも課題の一つとして挙げられるでしょう。もちろん国全体の政策の問題でもあるのですが、今まで続いてきた投資の延長線上に、社会や経済を豊かにする力は乏しいことを証明しているのでしょうか。

しかし、実際に、こうした社会課題と皆さんの投資とがどのように結びつくかを実感することは難しいかもしれません。以前、30歳前後のZ世代、ミレニアル世代の若者に、このような質問をしたことがあます。「今の日本に将来性や希望を感じるか?」「それはなぜか?」というシンプルな二つの問いでした。最初の質問に対する回答は、YES、NOまちまちでしたが、その理由にはたくさんのヒントがありました。

例えば、悲観的な意見としては、
・世界に比べて様々な点で遅れを感じ、自由が少ない印象がある
・特定の地域、企業だけが成長する
・税負担が増加する一方で賃金が伸びない
・少子化、高齢化、労働人口の減少
・世界で勝負できる日本企業や人財が少ない など

一方、前向きな意見としては、
・技術、文化や食事はすごいものがある。海外からよいものを取り入れ、日本のよいものを発信できたら可能性は広がる
・治安がよく、社会保障も手厚い。教養のある人も多い。総じて社会秩序が維持されていて生活がしやすい。最低限の環境が整っているので、あとは自分の選択と行動次第
・人口減少している日本でも、成長する材料があれば将来性を感じる
などでした。

他にもたくさんの意見があると思いますが、この前者の悲観的な答えが、正に、皆さんがおぼろげながらも感じている身近な社会課題ではないでしょうか。そして、こうした課題を放置したまま、いい社会、いい未来を描くことは難しいことは容易に想像できるでしょう。このことは、全てとは言いませんが、経済や社会の中核を担う会社やその経営を後押しする投資、広く金融が導いてきた結果です。逆にいえば、投資や金融、お金の流れをシフトさせることで、こうした社会課題を解決する可能性を秘める会社を増やすことができれば、日本の未来に可能性や希望を感じるようになると考えています。

投資のオルタナティブ

こうした時代背景の中で、会社の経営姿勢も少しずつですが変わり始めています。グローバル企業の中でも、自社の存在目的(パーパス)を再定義して本当に人や社会にとってよい商品づくりやサービスを展開したり、株主偏重の経営姿勢から会社に関わる全ての関係者に対する利益追求を宣言したりする会社が出始めました。

投資の領域でも徐々にですがお金の流れが変わり始めました。その代表的な投資手法がESG投資です。ESG投資とは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治を表すガバナンス(Governance)の英語の頭文字で、単に投資によるリターンを求めるだけではなく、投資家が、投資する企業の環境や社会に配慮した取組みを評価することで、企業が果たす社会的責任の範囲を広げ企業価値を高めていこうとする投資手法をいいます。そして、もう一つの流れが、脱炭素や森林、食や農業、医療・福祉、貧困層への融資(マイクロファイナンス)などの特定の社会課題領域に特化したソーシャル・インパクト投資でしょう。

これらはまだ多くの課題を抱えているものの、従来の「ただお金を増やすことだけを目的とした投資」「数字しか見ない投資」とは一線を画した第三の軸を持つ投資のオルタナティブです。独自の視点で事業性と社会性を兼ね備えた「いい会社」に厳選して長期投資をおこなう鎌倉投信の投資もまた投資のオルタナティブの一つといえるでしょう。

新たな年に向けて

年明け早々、能登半島での大規模地震、羽田空港での航空機事故、北九州市の大きな火災などが発生しました。お亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。一日も早い復旧を心からお祈りします。また、世界に目を向けると、ウクライナやガザ地区での戦争は収まる気配はありません。私的な話でいえば、個人投資家の資産形成に多大な功績を残された二人の先輩が他界しました。こうした決して心晴れることのない年明けになりましたが、人が生きる社会や未来を本当によくする投資とは何かを探求し続ける覚悟です。本年もどうかよろしくお願いします。


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1月8日(月・祝)朝刊の東京新聞の20~21面「その先へー解なき時代に6」に、紙面を跨いで大きく掲載いただきました。
Webから記事全文をお読みいただけますので、ぜひご一読ください!

古民家から発信する「きれいごと」…鎌倉投信・鎌田恭幸社長の確信「意思ある投資で社会をより良く」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/301285?rct=kanagawa

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