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240627 定額小為替、5枚ください

それは偶然の積み重ねだった。
ふと本籍地を変えたいと思い立ったのだ。
17歳の夏に両親が離婚し、母親についていった私の本籍は祖母の住所になっていた。
それから10年近く暮らした今の実家に移したいと思ったのだ。

無事に私たちの本籍地変更の手続きをした後、
10年以上音信不通の父親の行方が気になった。
手始めに昔住んでいたマンションの登記簿を取り、
離婚から数年後父が手放したことを知った。
そこに記載されていた住所を頼りに戸籍の郵送を申請。
まだ彼が生きていること、そして今の住所を探し当てた。
1年前に県営住宅に引っ越したところだった。

それより驚いたのは父の父親、つまり祖父の欄に記載された名前が明らかに日本名ではなかったことだった。
また父も、母と結婚するたった1週間前に帰化していたのだ。

それは20年連れ添い、離婚から10年経った母の知らぬことであった。
母は絶句し、何を信じて良いかわからないねと小声で呟いたのだった。
父が実家と絶縁し、多くを語りたがらなかった理由がわかった。

それから祖父の素性が気になり、住んでいた市役所に問い合わせた。
しかし回答は想定外で、彼は生涯外国籍であり、戸籍が存在しないということだった。
私が知っているのは通名と住んでいた市町村名だけ。
生年月日も住所もわからない。
ひたすら担当者とやり取りを続け、夜遅くに彼の正体を知ることができたのだった。
彼は祖母とは事実婚であった。

彼は1945年8月6日、広島で被爆していた。
母から祖父は被爆手帳を持っていたらしい、と聞いていた。
私はその事実を明らかにしたくなり、県の担当者に連絡を取った。
その数ヶ月後に彼が間違いなく広島で被爆していたこと、被爆手帳を所持していたことの証明書が送られてきた。
私は被爆3世であることが証明されたのだった。

そして今日、最後のピースを埋めようとしている。祖母の素性を知りたいのだ。
簡易書留で戸籍の送付申請書類を数日前に送っており、送達された役所から電話が掛かってきた。
改製原戸籍が5枚あるので、定額小為替を3,750円分送ってくれという内容だった。
私は電話を受けてすぐ郵便局に出向き、こう言った。
「定額小為替、5枚ください」

亡くなった者の生きていた証を示す、文字だらけの公的書類。
それらは私にどんな真実を突きつけてくるのだろうか。
その書類が私に届いた時、全てのピースが埋まり、私の真実さがしの旅は終わりを迎えるのだ。

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