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朝の挨拶200825 読むRadio

Good morning, everyone. 皆様おはようございます。

8月25日・火曜日。4:38、日の出を待つ。
本日は、即席ラーメン記念日。

即席ラーメン記念日(8月25日 記念日)
1958年(昭和33年)のこの日、世界初の即席ラーメンである「チキンラーメン」が日清食品株式会社より発売された。
同社の創業者・安藤百福(あんどう ももふく、1910~2007年)が麺を油で揚げる「瞬間油熱乾燥法」を思い付き、「美味しくて保存が利き、手間がかからず安くて安全」という5つの条件をクリアして、商品化することに成功した。うどん1玉6円だった当時1袋(85g)35円と高価だったが、熱湯をかけて3分後には食べられるという手軽さがうけて、爆発的なヒットとなった。安藤の誕生の地である大阪府池田市には「安藤百福発明記念館 大阪池田」(旧名称:「インスタントラーメン発明記念館」)がある。
チキンラーメンについて
日清チキンラーメンは、商業的に成功した即席麺の最初の事例である。袋麺は1958年(昭和33年)に、カップ麺は1991年(平成3年)に発売が開始された。チキンラーメンは、麵自体に味が付けられているため、粉末スープ袋などの別添がなく、生のまま食べることも可能である。
チキンラーメンは、安藤が池田市の自宅の敷地内に建てた研究小屋で試行錯誤した末に生まれた。ある日、妻が作っていた天ぷらを見た印象や食感をヒントに「油の熱で乾かす」ことを思い付いた。「安藤百福発明記念館 大阪池田」には、チキンラーメンを開発した作業小屋が復元・展示されている。
麺の中央にやや大きめの凹み(卵ポケット)が付いている。チキンラーメンの「チキン」は鶏を意味する英語「chicken」であるが、商品のローマ字表記は日本語で「Chikin」と綴られている。2018年(平成30年)で発売開始から60周年を迎えた。

安藤百福は、連続テレビ小説『まんぷく』のモデルにもなりました。



朝のルーティンの時間

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本日は、セレッシャルのミント・マジック。ミントの香りで眠っている感覚を覚まします。
天気は晴れ。5時の気温は21℃。湿度・室内75。
昼と朝晩の寒暖差が激しい。

私も虫の写真が苦手。カマキリ先生で改善されてるかな?

ルカシェンコ氏については連日報道で名前があがっています。

1年後、歓声があがっていますように。


即席ラーメンといえば、さきほどの

即席ラーメン記念日にちなんで、『まんぷく』を紹介。

連続テレビ小説『まんぷく』

『まんぷく』は、2018年、NHK連続テレビ小説の第99作目。
インスタントラーメンの生みの親、日清食品(現:日清食品ホールディングス)創業者・安藤百福とその妻・仁子(まさこ)の半生をモデルにした夫婦の物語。

ヒロイン選定はオーディションではなく、直接の依頼だったそう。安藤サクラは出産したばかり。家族や現場のサポートがあって役を引き受けました。連続テレビ史上初の「ママさんヒロイン」となります。『サラメシ』でも昼ご飯をみんなで囲む様子をみることができました。

物語

女学校を卒業した今井福子は、地元の大手ホテルへ就職。最初は電話交換室に配属され、英語が堪能なことからフロント係に昇格。姉の結婚式で出会った立花萬平と交際をはじめるが、姉の病気と死去、さらに萬平の逮捕など次々に事件が起こる。友人や同僚の応援もあって、二人は生涯を乗り越え結婚する。
逮捕されたとき受けた拷問で後遺症が残り、徴兵を免れた萬平。戦火を逃れるため疎開。終戦後は友人に紹介された泉大津に移り住み、塩が高騰で手に入りにくいことから製塩業をはじめる。塩をつくるには人手が必要なため、従業員集めに奔走。悪戦苦闘の末「たちばな塩業」を起こしたが、横流しの一件から他の事業を考えるようになる。子供が生まれ、資金を受けた萬平は
栄養失調で苦しむ人たちを見て、栄養食品の開発を思いつく。
家族や従業員を顧みない萬平との間に軋轢が生じるも絆を取り戻し、栄養食品「ダネイホン」が完成、大阪の病院へ販売も決まる。しかし、従業員が手りゅう弾を使って漁をしていたことから萬平は逮捕されてしまう。従業員と友人も逮捕され、福子は訴えを起こす。
その後、製塩業から「ダネイホン」に舵を切るが、脱税疑惑でまたも逮捕。販売権を売却し。会社を解散。出所後、池田信用組合の理事長に就任する。
池田市内で生活をはじめた萬平たち家族。町工場で「万能調理器」(ミキサー)を開発中と知るやいなや、融資を決め、開発協力に没頭する。銀行の融資が続くどころか回収を命じられてしまい、銀行の人間に理事長職を託し、辞任。
萬平は家事仕事の軽減はできないものかと考え、簡単かつ短時間でできるラーメンの開発に乗り出し、庭に研究所を設ける。試行錯誤の末ラーメンスープを完成させるが、麺作りはなかなかうまくいかない。福子のおもいつきからヒントを得て完成にこぎつけるが、福子は過労で倒れてしまう。
1958年(昭和33)夏。世界初の即席ラーメン『まんぷくラーメン』が発売。 百貨店で試食販売をはじめるが売れ行きはサッパリ。そこで、コマーシャルを作ることを思いつく。福子と子供たちがコマーシャルに出演し、売り上げが軌道に乗りはじめたところで、「まんぷくラーメン」模倣品が発売されていた。抗議するが、相手は開き直ってしまう。怒りがおさまらない萬平は特許を出願、いったんは勝利したものの、他にも粗悪品の即席ラーメンが発売されていることに心を痛めた。本来ならばラーメンは身体に悪いものではない。知り合いの助言を受けた萬平は、設立された即席ラーメン協会の初代会長に就任した。
大阪万博が開催された1970年(昭和45年)。飽和状態の即席ラーメンは頭打ちだった。新しいアイデアを考えていたところ、福子は以前アメリカへ営業に行った時のことを思い出す。どんぶりも箸もないアメリカ、担当者が紙コップに麺を割り入れ湯を注ぎ、フォークで食べた。その話から萬平は「容器に入ったラーメン」を開発することに決める。まんぷくラーメンとは麺も味も変えようと、新たなスープ開発に乗り出す。若手チームを採用し、新商品の名前を、「まんぷくヌードル」とした。
スープ、麺、具、容器、食べる場所、食べる人、食べ方・・・すべてで難航する。家族や従業員が一丸となって取り組み、ついに販売までこぎつけるが、「100円」の壁にぶち当たる。誰に食べてもらいたいか、だれが食べたいと思うかを考え、「まんぷくヌードル」の良さをわかってもらえる人たちに届けたいと、新しい販売方法に乗りだすのであった。


CM 日清食品 袋麺シリーズ

まんぷくの出演者がCMに。
70年代の装いでしょうか。松坂慶子の「美味しいのは一口目だけよ」「歯に青のりがつくから嫌」、嫌いな点をあげているのが笑えます。


DREAMS COME TRUE「あなたとトゥラッタッタ♪」

作詩:吉田美和 作曲:吉田美和 編曲:中村正人
2018年、DREAMS COME TRUEの53thシングル。
連続テレビ小説『まんぷく』主題歌。ドリカムが朝ドラで主題歌を歌うのは2作目となります。


「晴れたらいいね」

作詩:吉田美和 作曲:吉田美和 編曲:中村正人
1992年、連続テレビ小説『ひらり』に書き下ろした曲。
「あなたとトゥラッタッタ♪」とともに「晴れたらいいね 〜VERSION '18〜」として収録。雨の日が楽しくなります。


本日はここまで

連続テレビ小説『まんぷく』、いかがでしたでしょうか。
インスタントラーメン「チキンラーメン」、カップ麺「カップヌードル」といえば知らない人はいないくらい有名。スーパーやコンビニ、お店に行けばずらりと並ぶ国民食。これも安藤百福の発明家としての矜持であったり、あくなき挑戦のたまものですね。大阪の池田氏にカップヌードルミュージアムがあって、オリジナルの「カップヌードル」をつくったり、「チキンラーメン」の手作り体験ができるそう。
話をしているとおなかがすいてきますね。テレビをみているときも同じでした。是非ドラマを見て、行ってみてください。

本日はここまで。読んで下さった皆様、ありがとうございます。感謝!

今日も元気に過ごしましょう。
笑顔は幸せの素。”Your smile makes everyone happy!!”

それでは良い一日を。 Have a fine day.

200825 YUHUA O.

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