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【SS】桃の花嫁 #いつかのごちそうさま

温室育ちの桃を熊本県からお取り寄せ

はるばるやってきた

かわいい桃ちゃんです

少し前までアイドルをやっていたという彼女の自己紹介を、どんな顔で聞いていればいいかわからない。彼女はそういう人には慣れているようで、絶えずニコニコと笑顔を向けてくる。ここがアイドルのコンサート会場であれば問題ないが、いちおう、アルバイトの面接であることは認識しておいてほしい。平静を装ってぼくは「つまり」と空気を変える。

「畑中桃さんは果樹園で育ったので、こういった収穫作業には慣れているということですよね」

念を押すようにそう聞くと、「はい!」と気持ちのいい返事が帰ってきた。気持ちのいい返事だと思ってしまう自分に違和感もあるが。

「それは頼もしいですね」

まあ、いわゆる桃の収穫作業の手伝いを頼んでいるのだけれど、よっぽど話が通じなそうでない限り採用しようと思っている。

「わたし、特技がありまして」 

また変なことを言わないかと不安と期待が混じる。期待? 何を期待してるのかと自分にツッコミを入れる。

「どんな特技ですか?」

「匂いを嗅けば、その桃の糖度がわかります」

不安が増すが、同時にワクワクもしていることに気が付く。こうなったらとことん付き合おうと意を決したぼくは、席を離れて、採れたての桃を彼女の前に差し出した。

「これの糖度わかりますか?」

彼女は桃を鼻に当て、「あー、はい、わかりました」と言ってぼくに内緒の話をするように耳打ちをした。糖度計を当てると、そこにはぴったりと彼女の言った数値が表示された。偶然なのか? もう一度別の桃で試してみる。それもまたぴったりと一致させた。なぜか耳打ちをしながら。

「ほんとなんですね!」

驚きを隠せないけれど、彼女は「でも」と言う。そして「それは出荷できません」と続けた。

「どうして?」

「わたしとあなたに食べてほしいと言ってます」

えっと、ああ、そういうこともわかってしまうのかと困惑したけれど、なぜか素直に「それなら仕方ないですね」と答えている自分に驚く。

「じゃあ、食べましょうか」なんてことまで言ってしまうものだから、もうわけがわからない。仕方なく、その桃をひとつずつふたりで食べてしまった。

美味しい! と言いながら彼女は満面の笑みを浮かべる。美味しいと言われることが何より嬉しい。

ごちそうさまでした。と手を合わせて、彼女とぼくは笑いあった。あ、えっとこれは面接だったんだよな。さて、こんな彼女を採用するかどうか、決めなくては。


*

とまあ、これが間もなくぼくの「花嫁」となる彼女とのなれそめ。この農園で、彼女と二人三脚で作る桃の名前を「はなよめ」と名付けた。その子たちは今日も誰かのもとへ嫁ぎにいく。

美味しかった、ごちそうさま。

その声を聞きに行くために。



#ハナウタカジツさんの投稿企画に参加させて頂きました。趣旨と合ってるか不安ですが、楽しく書けたので、えいやっ! と投稿させて頂きます!

【追記】

こちらは、#ハナウタカジツさんから桃を頂きました。本当に美味しい桃でした!🍑


ももと息子。

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