見出し画像

【連載小説】優しい人々(6)

前話
あらすじ

印刷会社で働く須原浩樹すはらひろきは、パワハラが横行する職場で上司に盾突き、クビになった。守るべきものを探しに、辿り着いた場所は、北海道の山間の雑貨屋。そこで出逢った人々は、みんな心にわだかまりを抱えて生きていた。父親を嫌いだった雪さん、借金や彼女の死を背負いながら、明るく生きる、ひださん。自分を好きになれずに、20も上の男性と暮らしている麻衣。浩樹は彼らと話すことで癒やされ、彼らもまた浩樹の存在に癒やされていった。ひょんなことから、彼らと映画に出演する話が持ち上がり、物語はクライマックスへ。浩樹は、彼らは、それぞれに「守るべきもの」を見つけることができたのだろうか。

第一話から読む↓
https://note.com/yuhishort6/n/nc28fe446176c

第六話(全13話)
●日高義康 【HIDAKA Yoshiyasu】

ってえええ! まったくあんなところから急に飛び出してくるかね! 猫! 

倒れた自転車を押しながら、店の前にやってきた。腕がひりひりする。こけて擦りむいた、たぶん。もしかしたら猫のせいじゃなくて、出勤前に一口だけ飲んできた焼酎のせいかもしれない。それだけでふらつくなんて、 俺も年を取ったもんだぜ。三十過ぎてからは腹も引っ込まなくなってきたし、借金は一向に減らない し、人生真っ暗! でもそのさんに会えるしな、さ、仕事、仕事!

「園さーん! おはようございまーす!」

と、元気よく声を出すと、いつもの言葉が返ってきた。

「日高さん、遅刻だよ、今日も」

「あはは、すみません」

「あははじゃなくて」

「つーか、お隣は?」

園さんの隣に男が座って、パソコンをいじっている。俺よりは若い。彼氏か? 男が会釈をする。

「あ、えーと、須原くん。なんか困ってたから、部屋貸してあげたの」

「部屋?」

「うん、ひとつ空いてるから。あ、須原くん、こっち、日高さん。いちおう店長代理」

「いちおうって、ひどいな、園さん」

須原という男は「どうも」と俺に向かって言う。「よろしく」と返すが、困ってたから部屋を貸した、ということだけでは、さっぱりわからない。でもまぁ、いいか。こいつの飲んでるブラック缶コーヒーが、俺の好きなやつだ。 悪い奴じゃない。そう思ってハイタッチを求める。すると、そいつはなんのためらいもなく、手を上げてきた。パチン! 音が広がる。間違いない、こいつは悪い奴じゃない。

「今月、十二回目だからね、遅刻」

「ええ まじっすか! 困ったなぁ。すみません」

「十二回目!」

男が声を出す。やっぱりさすがに驚くのか、と俺は滅多にしない反省をする。「だよね、だよね! 普通驚くよね!」園さんが食いつく。どうやら他に従業員がいないおかげで、気持ちを共有することができなかったらしい。俺は園さんが可哀想に思えてきて、そして愛しくも思えてきて、なんだか心がぎゅっとなった。

「園さん、大変なんだね」

思わずそう言葉にすると、少し泣けてきた。

「え、え? どういうこと?」

男があわあわとしている。

「あ、気にしないで。日高さんって、こういう人だから」

まったく愛しいな、園さんは。

「じゃぁ、日高さん、私ちょっと買付け行ってくるから、留守番よろしく」

「いってらっしゃーい」

園さんは、店を出た。男とふたりになる。 「男」って呼ぶのも忍びない。何か良い呼び名はないかと聞くことにする。

「須原くんだっけ? あだ名とかないの?」

彼は「えーと、今までは名前とかでしか呼ばれてないので」と答えた。あ、飲みかけのコーヒーが机に! もしやこれは園さんの飲みかけでは!

「これ、園さんの?」

「え、ああ、そうですけど」

「ラッキー! 飲んじゃおう」

やったね、園さんと間接キス! 微糖は甘くて得意じゃないけど、園さんのは別腹だな。えっと、おっと、呼び名、呼び名っと。

「スハラだから、すーちゃん……いや、おもしろくない。すんちゃん……すんち。お、いいね、すんち。すんちに決定な」

「なんすか、すんちって。 うんちみたいじゃないっすか」

お、ナイスな返し! やっぱりこいつはいい奴。

「すんち、俺より年下だろ?」

「二十五ですけど」

「俺、三十だから」

「だから?」

「だから、俺の勝ち」

「よくわからないですけど。まぁ、いいや、すんちで」

「俺のことは、ひださんって呼んで」

「日高だから?」

「そう。年上だし、さん付けで」

「あー、はい」



つづく


第七話↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?