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『職場がうまくいかないときの心理学100』座談会④

本記事は、2024年2月に開催した著者による座談会の文字起こしです。
前回:座談会③ (初回:座談会①



最近の研究上の興味・関心

――ここからは本書に載っていないこととして、本書に関連して先生方が最近お考えになっていることなども伺えればと思います。

渡辺 本が出てから読者から言われたことが2つあります。
 1つ目は、「私が職場で一番困っていることは、定時が過ぎて、上司から『もう帰っていいよ~』って言われるんだけれども、上司の顔色を見ると、本当に帰っていいのかわからない」というお悩みです。本当は「いえ、私まだやります」って残ってやらなくちゃいけないんじゃないか、と悩んじゃうともう眠れないそうです。その方はそれで、自分がどう振る舞ったらいいかがわからなくなっちゃう、と漏らしていました。
 2つ目は、「1日の仕事のなかで、すごく疲れたときや集中力が落ちたときに、どうリフレッシュしたらいいか」といったことを聞かれました。本書には長期の休みの取り方や、1日の中の休憩ではなくて勤務間インターバルの話を載せたんですけれども(項目69番)、その「休憩」バージョンですね。
 私は臨床の分野で、かなり調子が悪くなったクライアントさんの面接をやってますけれども、そこに至る前の、職場のなかでのいろんなストレスを予防し、調子が悪くなっても短いスパンで回復できるヒントになるようなことを載せられたらよかったなと思いました。質問をされた方には、個別に、こういう方法がありますということをお伝えはしています。
 先ほど伊東先生が、現場の問題を提示するということがなくてはいけないとおっしゃった意味が、読んでいただいた方からのフィードバックで、確かにそうだなとよくわかります。こういう問いかけ形式の目次があると、「私はこういう問題があるんですよ」というのが逆にどんどん出てくるということなんですよね。
 ですから、この本を元にしていろんな会話が弾んだり、職場でも、ここにはこういうことが載っているけれども私の悩みは載っていないというようなことも話し合えたりするのではないでしょうか。

――耳目を集めるような事故が起こると、それをきっかけにヒューマンエラーなどの用語がニュースでよく登場するようになるといったこともありますね。

芦高 人の手を介して操作や運航されている中で事故や事件が起きると、いろいろな憶測でいろんな情報が飛び交ったりしますが、その背景だったり環境だったり原因を追究していくのは、実際には時間もかかりますし、それをちゃんと見定めないと、また同じようなことが繰り返されると思います。
 そういった原因をきちんと見極めて、それに適応した対策なり、そういったものに順次対応して、無事で安全な活動につなげていく必要があると思います。

読者へのメッセージ

――最後に、この本を読んだ読者に対して、メッセージをお願いします。

芦高 この本を手に取っていただいた方から、意外と難しいね、という感想をいただいています。
 実際、学問的なところを書いているので、なかなかパラパラと読んですぐには理解できないところとか、わかりにくいところがあるかと思います。それをきっかけとして、まずはこういった分野があるんだなと興味を持っていただいたらと思います。

安藤 先ほどから皆さんのお話のなかで、「入口」って言葉がよく出てきます。本当に現場では様々なことが起こるし、それぞれ状況が違いますので、この本で答えがパシッと出るとは思わないで読んでいただけるといいと思います。
 むしろ、こういうアイディアもあるんだよ、ということを手がかりにして、ご自分の直面している問題に対して、こうした先人の知恵のようなものを活用しながらも、とにかく立ち止まらずに試行錯誤していただけたらなと思います。何もないところよりは、足がかりがあって探すことで、知識の探索の幅も深さも広がると思います。
 繰り返しになりますが、この本から直接答えが得られると思うよりも、それを一つの手がかりにして自分なりの答えを探していくという姿勢を忘れないでいただけたらありがたいなと思っております。

伊東 現場では困り事が日常的に起こっていて、困り事が起こると、目の前のことにとらわれて「あいつが悪い!」とか、「きっとこれがこうなってるんだ」「だからこうした方がいいんだ」とか、そういう考え方や行為になりがちだと思います。でも、困りごとに対処する前に、何が起こっているかを理解することをして頂きたいし、そこから困りごとを解消する策を探索して、より良い解決策や工夫を組立てて実施して評価してほしいです。
 ですから、本書を、困り事への表層的な対症療法としてではなく、困りごとの背景を理解をするヒントとして、より良い環境や関係性を作り出すために活用して頂きたいです。身の回りの困りごとを契機に、自分や現場をより良くクリエイティブに創っていく手助けとして本書を活用して頂けると有難いです。

渡辺 他の先生方と重なりますが、困っていることをどう見るか、どういう視点で見るかというのが、同じ組織とか同じ部署内だと、結構固まってきてしまう。こういう困り事はこのせいなんだというように、同じパターンでしか見られなくなってきて、もうどうしようもないと苦しんでしまうことがあります。ですが、困り事の本質とか、別の視点で見ると本当は何が問題なのかということを考えるヒントになればなと思います。
 そこにぴったりの答えをこの本から見つけることはできないとは思いますが、自分が困っていることは、実は裏側から見ると、こういう問題が隠れていて、それだったら別の解決の道があるんだということがわかったり、いろいろな困り事や問題を、10個、20個と見ているうちに、「なんだ、(自分の問題も)これとこれとこれの組み合わせだな」というようなことがわかってきたりします。自分のなかで問題を見ていく力を育てていくきっかけになればと思います。
 先ほどの「上司の真意が分からなくて……」のケースでいうと、本当にここで帰っていいのか、本当は残ってやる気を見せなきゃいけないのかを考えて、相手から要求されていることや場の空気を読まないと、職場でちゃんとやっていけないんだという経験をその方は積んでいるんですね。自分が残りたいか残りたくないかということとは関係なく、場の空気を読んだり、周りの人からどう思われるかを気にしたりするということが、ストレスの本質なんですよね。そこで、じゃあ自分勝手に誰がなんと言おうと帰りますって言えるかどうかは本人次第なんですけれども、自分が苦しんでいるのは自分の問題なんだというところに気づくと、あ、自分で決めればよかったんですねという、目から鱗が落ちるみたいなことが起きるとしたら、すごく嬉しいです。
 そこまででなくても、この本を通して、こんな困り事が世の中に多くあるんだということをマネージャーの人とかがなんとなくわかってくれるだけでも、みんなで力を合わせて本を作った甲斐があると思います。


本記事は、2024年2月に開催した座談会の文字起こしです。
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