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『職場がうまくいかないときの心理学100』座談会①

2023年12月発売の『職場がうまくいかないときの心理学100』の刊行を記念して、著者による座談会を開催しました(収録は2024年2月)。

「○○学」といった教科書の出版社というイメージを持たれる有斐閣が、そういった枠から抜け出して、もっと現場の人々に届けよう、現場に寄り添う学問の姿を示そうという思いから始動したのが本企画。

そうした「変わり種」企画を編集部から提案された当初の思い出や、完成に至るまでの経緯をざっくばらんに語っていただきました。


登壇者(=著者)
芦高 勇気 (西日本旅客鉄道株式会社鉄道本部安全研究所)
安藤 史江 (南山大学教授)
伊東 昌子 (成城大学経済研究所客員所員)
渡辺 めぐみ (常磐大学教授)


執筆のきっかけ

――「有斐閣らしからぬ」こちらの企画について、最初に編集部からご相談したのは芦高先生でしたね。

芦高 編集部からお話を伺ったときに、ヒューマンファクターの教科書のようなものを作りたいというお話でした。ヒューマンファクターに関しては、たくさんの良い本が出ていますので、どういったところで新しい取り組みをできるかなと、悩みましたね。
 当初の編集部からは、「役に立つ」をアピールしようといった話がありまして、一方で有斐閣から出すなら、学問的なところをどう押さえていくかというバランスや、ヒューマンファクターをどのあたりまで扱うのかが難しかった記憶があります。何カ月間か打合せを繰り返しましたね。そして、他の先生にも助けを求めようということで、原子力の研究所でのヒューマンファクター研究のご経験があり、一緒に共同研究でお世話にもなっている渡辺先生に相談して、参加していただいたというところです。

渡辺 芦高先生とは共同研究をしているのですが、分野としてはヒューマンファクターと、知覚・注意・認知の中でも知覚に近い方で、研究領域が非常に近いです。違うところは,公認心理師としての臨床の活動をやっているところだけでした。
 当初、たしか「認知心理学が実社会で役に立つ」ことを示す本にしたいと伺っていたので、それだったら、すでに、認知心理学を社会の中に実装(インストール)なさっているというか、組織内で役立てる形で活躍していらっしゃる伊東昌子先生がいらっしゃらないとな、ということで、共同研究のつながりもあって、伊東先生にお声がけさせていただきました。学習や思考という領域にも大変お詳しいですので、私と芦高先生が専門でない分野もカバーしていただけると思いました。

――芦高先生・渡辺先生と編集部で企画を練っていた当初の構成案が出てきました(下図)。伊東先生には、こちらの仮案を携えてご相談したのでしたね。


検討当初の構成案。メモ用にマーカーを入れていたようです。

伊東 お声がけを頂いたときを思い出しました。私の研究領域は、説明文の理解とか、ビジネス現場で働く人の実践知の解明や研修開発です。その関連で分かり易い情報設計に関する認知工学的な仕事もビジネス現場でしてきました。その経験からすると、最初の目次案とプロジェクトの状態は、正直、うーん困ったとしか言いようがない感じでした(笑)。
 というのも、1990年代に多機能機器が一般家庭に入ってきて、わかりやすい、使えるマニュアルの研究が盛んに行われました。その結果、ユーザーの関心事ややりたいことを中心に目次や内容構成を決めることが大事だと分かったんです。当初私が拝見した目次案などの資料は、当時の「一般の人にとって馴染みのない用語ばかりが並んだ分かりにくいマニュアル」のようだったんです(大変失礼なことを申し上げてごめんなさい)。
 最も欠けていたことは現場で働く人の具体的イメージで、それを掘り下げて共有しないまま、学問的知見を中心にして進めていると感じました。そこで、まず、執筆の先生方に、ビジネスパーソンが読み手なので、それは組織のどういう現場のどういう役割の人かを具体化することを提案しました。次に、その人たちが遭遇する困り事を考えて、その困り事に関連する学問的知見を当てるという進め方をしました。執筆者の専門領域以外の領域が必要な場合は、その領域の先生に執筆者に加わって頂くことになりました。
 この手法は、第一に、ユーザ(ここでは読み手)や彼らの状況を理解して、そこから困りごとの解消に利用可能な知識や手法を探索し、それを要件として内容やページレイアウトを設計する方法です。「人間中心設計」といいます。本書の項目48番(「顧客やエンドユーザーにとっての価値や課題を発見する良い方法は?」)にも掲載されています。
 このような計画と遂行プロセスの設計に加えて、ページに関しては、忙しいビジネスパーソンがさっと見ることができるように、「左が文章で右が図表」に統一しました。加えて、項目タイトルが分かりやすいかを評価するために、実際のビジネスパーソンの方々に項目タイトルを評価して頂き、分かりにくい個所を修正をして進めました。執筆の先生方もこの進め方を了承して下さいました。

――その後の最終的な目次がこちらですね。


最終的な目次

安藤 そうしてトピックを挙げていくなかで、組織論の専門家が必要だということになって、私に声が掛かったと聞いています。
 最初にお話をいただいたときに、「現場で役立つような心理学の本」を書こうとしているというお話だったので、私で役に立つのかなとちょっと心配でした。やっぱり心理学そのものをしっかりと勉強していたわけではなく、いろんな用語の中では知らない言葉もありますし、どの程度まで関われるのかなという点に不安は感じました。
 ただ、その一方で、私の専門の経営組織論の中には、ミクロ組織論とマクロ組織論があります。そのうち、ミクロ組織論はもともと心理学に源があり、その知見を経営の現場に活用しているというところがありますので、そういう観点からであれば、多少はお役に立てるかもしれないということでお話を受けました。
 実際、自分自身が企業の方々、主に大企業のミドルの方、中小企業ですと社長さんクラスの方と研究を通じて接する機会があるわけですが、そうした方々からいろいろな現場での「困りごと」を日々聞いておりました。そのため、そうした典型的でよくある問題について、「こうだったらいいんじゃないか」とか、「こういう考え方もあるよ」と示すガイドブックのようなものを目指せればよいと思いました。

この本に込めた「思い」

――あらためて全体を眺めてみても、有斐閣らしからぬ本に仕上がったという印象です。冒頭にある「ペルソナ」も、教科書にはまずないコーナーですね。

伊東 困ったときに役立つ本と言っても、内容を読むだけでは使い方が分からないと思ったので、本書を活用して下さっている読者モデルのつもりで作成し、他の先生方にもお願いしました。ですから、目次の後ろにあるペルソナは、この本を活用して現実を変えようとしている人の事例だと思って頂きたいです。
 内容の理解にとどまらず、自分の困り事を起点にして、現実を変える工夫を考案(設計)して実施してみる人です。各々のペルソナについては、具体的な人物像と、何に困っていて、どの項目から困りごとの背景を理解するヒントを得て、どの項目からは工夫のためのヒントを得て、何を実施し、結果としてどうなったかまで描かれています。このようなペルソナを読者のモデルとして活用して頂ければと思います。


に続く)


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