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『行政学〔新版〕』(有斐閣アルマ)著者インタビュー【前編】

こんにちは、有斐閣書籍編集第二部です。

今年5月に、『行政学〔新版〕』が刊行されました。

本書の刊行にあたって、著者である曽我謙悟先生(京都大学)に、初版刊行後の反応や今回の改訂のポイント、そして行政学研究の現状などについて、お話をうかがいました。

今回は、その前編です。

◆読者の声に耳をすませて――初版の反響

――今回の新版のお話に入る前に、まずは初版のお話をおうかがいしてもよろしいですか。この本の初版は2013年に、刊行されています。そのときの反響はいかがでしたか。

曽我 一番、好意的だったのは、講義を受講している学生の皆さんのように思います。ゼミの学生さんには、「講義で話されていることが、教科書を読んで、やっと整理できました」とか、「意外と体系的だったんだなと思いました」とも言われました。毎年、授業アンケートでは「雑談と本論の区別がつかない」と書かれていますが、話すときには、具体例やさまざまなトピックを交えているので、枝葉で幹が見えにくくなっていることもあるのだと思います。ですから、幹だけを文章で読むことで理解しやすくなるのでしょう。そのうえで、講義での具体例と行きつ戻りつして、理解を深めていく学生もいることは嬉しいことです。

 行政学という分野の特性として、国家公務員、地方公務員の方々とお仕事をご一緒する機会も多いのですが、そうした際に、「学生のときに読みました」とか「公務員試験の勉強に使いました」と言ってもらえることも時々あります。この教科書は、必ずしも講義と組み合わせることを前提としておらず、単独の読み物としても成り立つように書いていますので、受講生以外の学生さんが手にとってくれることは、ありがたいことです。

 そうした中で、印象に残っているのは、「正直、読んだときにはピンとこなかったんですが、働き始めて、『ああこういうことか』と思いました」という言葉です。裏返しで、公共政策大学院で社会人の大学院生さんから、「仕事をしている中で、ぼんやり思っていたことの意味がわかった」と言われたこともあります。組織のしくみや作動を説明しているところが、実体験と結び付き、それを理解するうえで役立ってくれたということで、これは本当に嬉しいことでした。

 行政学は、実務との距離が近い学問ですが、かといって、現場で生じていることをただ記述するだけではなく、それを少し引いた視点から理解するところに意義があるのだと思います。この教科書がそうした意義を伝えることに少しでも役立っているのならば、研究者・教育者冥利に尽きます。

――ちょっと、お聞きしにくいことですが、好意的ではない意見もございましたか。

曽我 好意的とは言い難いのは、同業者ですかね(苦笑)。やはり最も近い人々こそが、最も厳しい批判者でもありますが、それは当然のことだと思います。不十分な点や扱えていない点、議論の運びがスムーズではないところ、節立てや章立ての構成の問題など、いろいろなご指摘をいただきました。ありがたいことで、その多くは今回の改訂にあたって、大いに参考にさせていただきました。あまりにないものねだりに思えるご指摘には、「それはご自身でお書きになってくださいよ」と思うこともありましたが・・・・・・。

◆改訂のポイント

――そうした声を受けて、今回の改訂に至るわけですね。それでは、いよいよ今回の改訂のお話をおうかがいしたいと思います。まずは、今のお話にもありましたが、改訂に際して、どのようなところに留意されたのでしょうか。

曽我 「あとがき」にも書きましたが、初版刊行以来の9年の間に生じた、行政の実態の変化をとらえることと、その間に公表された行政学の新たな研究成果を取り入れること、この2つが大きな狙いとなります。

 第1の狙いである行政の実態の変化をとらえる作業は、さらに大きく2つに分かれます。一つは、主に図表の更新です。本書は、日本の行政を他国との比較からとらえるために、さまざまな指標を図示するところに特徴がありますが、そのアップデートを図りました。データを最新のものに更新したところもありますし、本文での記述をとらえるためのよりよい指標が見つかった場合などは、指標そのものを入れ替えることも行いました。ボツにした図も多いのですが、本当にいろいろな図表を作成しました。

 もう一つは、日本の行政の変化についての記述を加筆することです。第Ⅰ部の「政治と行政」において、第2次以降の安倍政権の官邸主導を扱うことが、まずは大きな課題でした。内閣官房の拡充や、内閣人事局と国家安全保障局の設置、官邸官僚の登場などについて紹介するとともに、そのことが府省による政策形成などに、どのような影響を与えたかを述べるようにしました。

 これに対して、第Ⅱ部の「行政組織」以降は、政治と行政の関係に比べると変化が目に見えやすいものではないので、何を取り上げるべきかは悩みました。しかし第Ⅱ部であれば、ワーク・ライフ・バランスの問題やICT(情報通信技術)の利用の実態、第Ⅲ部の「マルチレベルの行政」においては、国際行政における貢献の増大、第Ⅳ部の「ガバナンスと行政」においては、融解していく官民関係や公共調達の拡大など、現時点の日本の行政が抱える問題や、そうした中でも奮闘を続け、新たな試みに取り組んでいる姿を少しでも伝えられるように記述を加えました。

 さて、第2の狙いは、新たな研究成果を取り込むということです。私は、教科書を書くことは、学界における研究成果のカタログを作ることだとも思っています。教科書の中の文章一つ一つに、それを支える研究成果を確認していき、逆に、重要な研究成果には教科書の中で一文を与えるようにする、そういったイメージで教科書を作っています。その点では、教科書は研究活動の延長線上にあるものですし、大学の教科書、より広く教育というものは、研究と地続きなのだというのが私の信念です。

 とはいっても、膨大な研究が生み出されていますから、そのすべてを取り上げるわけにはいきませんし、本人・代理人論を中心に論じるという枠組みも変更していませんので、あまり海外の理論的な研究成果などは取り上げられていません。主に第1の狙いである実態の変化をとらえるというところに関する研究成果を取り入れています。過去の実態についても、今まで見落としてきた新たな実態を明らかにする研究成果が出てきた場合には、たとえば、日本の地方自治体における昇進管理に相当の多様性が存在することを示した研究(林嶺那『学歴・試験・平等』東京大学出版会、2020年)が出てくれば、それに沿って本文の記述を修正するという作業を加えました。

――たしかに、多くの図表を更新していただきましたし、実態の変化や新しい研究成果にも数多く言及されています。
 その分、お原稿の段階では、最終的なページ数がどのくらいになるだろうかと少し心配しました。しかしながら、校正の過程で、各章に細かく手を入れていただき、ページ数を抑えていただき、このシリーズの中で一番厚い教科書にならずに済んで、ほっとしています。
 そういう意味では、今おっしゃったポイント以外にも、全体的に、結構、手を入れていただいたように思いますが、いかがでしょうか。

曽我 手にとっていただきやすくするためにも、ページ数を抑えることには腐心しました。先ほど述べたような対応を行うと、加筆によって分量が増えるばかりですので、説明を圧縮したり、削ったりする作業にも、同じ程度の労力を払いました。

 この他にも、全編にわたって記述に手を入れました。9年間の間に、自分の文体なども少しずつ変化しており、以前の文章が今ひとつだなと感じるところが多々出てきますので、そうしたところにも手を入れました。文章というのは、本当にいくらでも手を入れられるというか、書いた傍から直したいところが出てくるものではあります。しかし、9年前のものに手を入れる作業を通じて、自分の文章の運びやリズムがどの程度変わったかを認識できたのは、個人的な収穫でした。

 また、説明の仕方を変えたところも多いです。講義で話しながら、話の流れがスムーズにいかないなと思ったところについて、毎年の講義でいろいろと試した結果を反映しています。学生さんがわかりにくいなという顔をしているとか、ノートをとる手が戸惑っているように見えるといった、意図せずして提供してくれているフィードバックが大変役立っています。

 初版を出したときに、これで少しは楽になるかとも思ったのですが、やはり毎年話す内容や説明の仕方を変えていくという作業はやめられず、講義ノートの修正も毎年続けているのですが(そしてまた現在も、講義期間中は自転車操業を続けています)、その積み重ねの末に、そして多くの学生さんのご協力の上に、今回の改訂版が生まれたのだといえます。

(後編に続く)


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