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『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』刊行によせて(後編)

昭和の名作から最近作、娯楽作から社会派まで、作品が映す仕事/雇用/経済を、労働経済学者ならではの観点から解説したユニークなテキスト『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』

著者の梅崎修先生(法政大学教授)、松繁寿和先生(大阪大学教授)、脇坂明先生(学習院大学教授)による鼎談の様子をお届けします(前編は下のリンクからどうぞ)。

後編では、本書で取り上げた映画のラインナップや、ある女優さんへの想いなどについて議論されています。

ラインナップ裏話

梅崎:本書がどうしてこういう映画のチョイスになったかということに関して、一つ意識したのは、作品のよしあしだけで選ばないってことです。そこに拘ると、テーマがむしろ偏ってしまう嫌いがある。非常に大衆的な作品の中に真実が含まれることはあるわけです。クレージーキャッツ映画はアカデミー賞を獲らないけど、そこには人々の願望が描かれている。開高健さんが面白いことを書いていて「ロシア人のことをわかりたいと思ったら、ドストエフスキーよりもチェーホフを読め」と言われたと。チェーホフは二流だからって(笑)。チェーホフが二流なわけはないんで、私はこれに同意はしませんけど、つまり、超一流って普遍的なものになってしまうということなんです。だから、アメリカ社会を知りたければ、ハリウッド映画を見るほうがよい。アメリカ人がいかに「ボス殺し」のストーリーを好むかとか、アメリカン・ドリームがどう機能しているかってことがわかる。そこは意識しました。

松繁:私は、先ほど(前編で)も少しお話ししましたように、映画の楽しみ方を増やすということを意識していました。なので、論じるテーマを正面切って取り上げたような映画ではなくて、労働問題を知った上で映画を見ると、シーンの背景にある社会の構造がわかるというような作品を、なるべく選ぶようにしました。その代表格が『プリティ・ウーマン』かもしれません。

脇坂『プリティ・ウーマン』をコーポレート・ガバナンスの観点から取り上げたのは大正解だと思いますね。ラブストーリーとして有名だけど、そういう見方もあるんだと、あらためて楽しめましたって学生がいましたよ。

梅崎:本書でいえば、たとえばケン・ローチ監督は、社会の中の周辺にいて苦しんでいる人に目を向ける作品を作り続けて、有名な賞も受賞もされていますが、『プリティ・ウーマン』とか『ワーキング・ガール』は、一般向けの娯楽作品です。もちろんマイノリティを取り上げる芸術作品には価値がありますが、マジョリティを取り上げる娯楽作品にも、独自の面白さがあると思うんです。ましてや現代は、普通の会社員はどういう生活をしてるんだってことも想像しにくくなっているような時代ですから。ああいう大衆作品をあらためて見ると、本当に時代や社会を反映しているなあと思いますよね。『プリティ・ウーマン』にしても、あんなに企業売買のシーンが取り上げられているとは思わなかったです。

松繁:そう。でも、大衆がいるのはウォール・ストリートではないんですよ。結局あの頃から中間層は没落し始めていて、後にトランプを支持するような土壌ができてきていたんだなと、時間軸の中に置き直してみると、アメリカの変遷が見えてきますね。

梅崎:没落していく中で、文化的コンテンツとしてはアメリカン・ドリームへの憧れがまだ機能している。そういう意味では複雑な時期ですよね。現実は違うんだけど。

脇坂:だから『プリティ・ウーマン』のラストはああじゃないといけないんだね。私はあの映画はラストが一番違和感があるんだけど、あの時代にはまだあれが必要だったんですよね。

梅崎:ウィル・スミスの『幸せのちから』も同じですね。雇用が苦しいという描写は随所にあるんだけど、最後は本人が成功しちゃう。それが実話に基づくという。だから、あの頃までは、現実はさておき夢はまだ機能しているんですけど、もうちょっと後になると現実のほうがもっときつくなってくる。

松繁映画の終わり方には、象徴的な意味があると思いますよね。私が印象的だったのは、『洋菓子店コアンドル』『ALWAYS三丁目の夕日』。どちらも地方から出てきて東京で働き始める女の子を描いた映画ですが、『三丁目の夕日』のラストで六子が故郷に帰るのに対し、『コアンドル』のなつめは海外に留学するんですよ。非常に時代の違いを感じました。

脇坂:それが時代の違いかどうかはわからないと思いますよ。六子みたいな子が今の東京に出てきた人の中にいないとも限らないし、退路を断って上京してきたかが関係している気もしますけどね。

梅崎:こういう対比の議論からもわかるように、複数の映画をセットにして見るのは面白いと思います。違いもわかりますが、共通点に気がつくこともあるんです。本書でも、第1章では時代を追って就活映画を紹介しました。『フレッシュマン若大将』『就職戦線異状なし』、あと結局触れられなかったんですけど『インターン!』という映画、これらは全部「面接に遅れる」って話なんですよ。遅刻はしたけど、面接なんていい加減なものではないところで真価を見抜いてくれる人が、という物語構造になっています。要するに、典型的にウケるパターンです。並べて見ると、そんなことも見えてきます。だからメインにあげた映画だけじゃなくて、索引にあがっている映画は全部見てほしいです。

あと、はじめに話したLSEの映画鑑賞会のことでもう一つ、ヨーロッパで人事管理を学ぶって、比較の対象がたくさんあるということだと思うんです。知識も膨大に学ぶけれども、同時に映画を通して国ごとの事情を知ろうという意図が、日本で勉強しているよりも強くあったと思います。日本では、日米比較ばかりじゃないですか。

脇坂:国際比較は、私たちの今回の本の中で、とくに弱いところですね。とりわけ、アジアの映画を取り上げられていません。

梅崎:たとえば、スーパーマーケットを舞台にした映画で、韓国の『明日へ』とか、ドイツの『希望の灯り』とか、あるんですけどね。

脇坂:そういう映画、どうやって知るの? 映画館に行って見つかる?

梅崎:Googleに「仕事 映画」って入れて検索しているだけです。Googleアラートに入れておけば、どんどん通知も来ますし。それでとりあえず買っておいて、暇になったら見る。なので、自宅に封が開いてないDVDが山ほどあります(笑)。まず、買うことのほうが重要ですね。買えば、その10分の1は見ますから。

松繁:私はうまく作品を探せなかったという思いが強くて、とくに料理人とホテルの映画を探していたんですけど、結局これというものを見つけられませんでした。この2つは、舞台や登場人物として出てくることは非常によくあるんです。だから、そこで働く人の技能形成の過程を描いている作品があれば、ぜひ取り上げたかったんですけど、そういうものは意外にない。あっても、世界として閉じすぎてしまっていて社会とのかかわりが見えないとか、なかなか難しかった。

梅崎:もっと拡げて、ドラマも対象にしちゃうという手もあったかもしれません。ただ、私も『フジ三太郎』を見始めたはいいものの、全39話とかあるので、さすがに量が多すぎて追い切れませんでした。『SUITS/スーツ』を日本版と本国(イギリス)版と両方見て、オフィスの比較をするとか。

脇坂:私は授業で、ドラマ作品は唯一『逃げるは恥だが役に立つ』を取り上げています。専業主婦の付加価値の話が出てくるのは第1巻だから、学生にはそこだけでも見ればレポートの対象に取り上げていいと言っているんですが、この作品を選ぶ学生は全6巻を見ているみたいです、面白いんだって。

梅崎:長いってことでいえば、映画でもDVDには特典映像ってあって、これの資料的価値が高かったりするんですよね。『ハッピーフライト』って綾瀬はるかさん主演の映画がありますが、アメリカにも同名(邦題)の作品があって、後者のDVDには特典映像で元客室乗務員のインタビューが付いているんですよ。それで客室乗務員の仕事史を学べます。ただ、こういうのを全部見ていると、本当に時間がかかっちゃう。

脇坂『下町の太陽』のDVDの特典映像も面白いよね。山田洋次監督のインタビューがあって。

梅崎:そうですね。どこでロケしたかとかも話されていて、よりイメージが湧きますよね。

松繁:話がどんどんマニアックになってませんか(笑)

はじめの一歩を気軽に乗り越える

松繁:自分たちの時代と比べたって仕方がない面もあるんですけど、脇坂先生とか私が若い頃は、社会問題を知るために映画を見る、みたいなことがありました。『下町の太陽』も、そういう見方をする学生が結構いた作品だと思います。でも今は、あまりそういうことがないようです。共通に一番見ているのは『ハリー・ポッター』だったり、あと『スター・ウォーズ』。そういう中で、本書が取り上げたような映画を、授業がきっかけで見るようになったかは厳密には追跡していませんが、映画の見方が変わったっていう学生はいましたね

梅崎:文芸評論家の佐々木敦さんが、こんな話をしています。今、たとえば思春期とかに、ロックやジャズにちょっとした関心が芽生えたとき、みんなGoogleに入れるわけです。そうすると、膨大な、ほぼ無限のような情報が出てくる。ところが、人間は選択肢が多すぎると意欲が失われてしまいます。文化的コンテンツを味わい始めるうまい道がないんですよ。最初の一歩がすごく重たい。なので、そこを気軽に乗り越えるためにも、私たちのテキストを使って見始めれば、後は自動運転にできるのではないか

松繁:私は、さっき言ったように、一見して労働問題を扱っているとは思えないような映画意図的に選んでいた面があるんですが、学生には、授業の前に見て、労働問題を探してきなさいと言っています。『プラダを着た悪魔』『洋菓子店コアンドル』は、これのどこに労働問題があるんですかという反応が多かった作品です。逆にいうと、授業を受けてそれまでとは違う見方を知るんで、取り上げた甲斐があった作品でもあります。また古い映画も、見てみれば面白かったという反応はやはりありました。話題の映画は映画館に任せておけばいいんで、学生が普通では見ないようなものをあえて取り上げる意味はあると思っています。

脇坂:この夏学期に授業をして、最後学生に1本選んでレポートを書きなさいと課題を出したんですけど、一番多く選ばれたのは『何者』でした。圧倒的に多くて。みな自分の就活経験とか将来展望とかに絡めて議論している感じでしたけど、本書で梅崎先生が展開されているように、承認の問題を考察するところまでは難しかったみたいです。あとは『マイ・インターン』と『プラダを着た悪魔』が人気で、この3本で8割くらい。それから、『フラガール』を取り上げた学生のレポートに、常磐ハワイアンセンターには行ったことがあるけど歴史を知らなかったと書いていた人がいたのも印象的でした。

松繁:本書は社会人向け講座でも使っていただけたらと思っています。私は、オフィス家具の株式会社オカムラさんが大阪に持っているコワーキング・スペースを使わせてもらって、社会人向けの講義をしていますが、そこで評判がよかったのは『マイ・インターン』ですね。主人公のベンと同世代の受講者も多い中で、定年後の人材に対して、ああいう能力の活かし型があるっていう可能性を見出したという意味で、やはり面白いと思われたんだと思います。ただ私として非常に残念なのは、これだけ高齢化している日本で、なぜこの映画が生まれなかったんだということ。

梅崎:あと、学習院さくらアカデミーでも社会人向け講座をやっていて、はじめは映画ファン向けに立ち上げたのを、2年目からキャリア支援者にも対象を広げたんですよね。キャリア支援者の育成って、ノウハウありきみたいな形になってしまっている面があるんですが、「傾聴しましょう、相槌を打ちましょう」って、マニュアル的に学んでも意味なんかないですよね。相槌打ってるけど全然理解してくれてないなって、クライアントはすぐに見抜きます。そこで重要になってくるのが、はじめにも言った想像力。本来的にエゴイスティックな人間が、自分が経験していないことに対していかに共感できるか、そのために映画を見て学べることって多いです。こういうコンセプトに固めてから、受講者も変わりました。

蒼井優さんと話したい

松繁:何回か申し上げてきましたが、本書をまとめてみて改めて、映画を作った方々が、何を考えてこういう問題をああいう形で切り取ったんだろうと、その感覚に非常に感心することが度々ありました。作り手のみなさんに、ぜひお話を伺ってみたいと、より強く思うようになりましたね。あと、役を演じられた方々にも、演じる前と後で何か変わりましたかとか。

たとえば『フラガール』は、日本の戦後が経験した代表的な産業構造転換をテーマにしていますが、その問題を、日本全体で見たら小さな問題に過ぎないハワイアンセンターというところに収斂させてね。よくここに注目したなっていう。本当に一度伺ってみたいと思います。それで蒼井優さんに会えれば私は満足です(笑)

脇坂:それが実現したら私こそ本望ですよ!大ファンだから。まあ、死ぬまでの夢と思っておきます。私が90歳くらいになって、蒼井さんが60歳くらいのときならできるかも(笑)

松繁:でも実際、アーティストの感覚って、訓練を積んだ学者と同じような速度で、あるいは、もっと素早く社会問題の要のところにたどり着く可能性があるわけですよね。今、デザイン思考とかアートとか、よく言われるじゃないですか。その一環で、彼らがアーティスティックな感覚で捉えたものと、分析的な社会科学で見たものを擦り合わせていくっていう作業には、とても可能性を感じています。

梅崎:そういう問題意識でも、イベントとか、セミナーとか、これからも実施できたら楽しいですよね。こういう思いつきが尽きないという点でも、本書のような映画本は面白いです。書籍を超えたコラボレーションもいろいろ考えられる、刊行後にも楽しみの多いプロジェクトになったと思いますぜひ映画を見て、授業にも出て、本も買っていただければ(笑)、著者としてはありがたいですね。

(2020年8月4日収録、オンラインにて収録)

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