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『外国人雇用の産業社会学』刊行記念インタビュー

こんにちは、有斐閣書籍編集第2部です。
編集部は年度末に刊行ラッシュを迎えていました。この春も、若手研究者の研究書をいくつかの分野で刊行しています。そのなかから『外国人雇用の産業社会学:雇用関係のなかの「同床異夢」』について、著者・園田薫先生に本書の刊行にあたって担当編集者によるインタビューを行いました。その模様をお届けします。

――無事に発売を迎えましたが、まずはできあがった本を手に取ってみてどんな気持ちですか?

園田:そうですね、率直に嬉しいです。この本は、自分の関心と研究の軌跡をつめこんだ、いわば名刺のようなものに仕上がりましたので、その点でも嬉しく、感慨深いです。

――よい本に仕上がって、私もとても嬉しいです。
 さて、早速ですが、まず初学者あるいは一般の読者に向けて、本書はどういう本なのか、簡潔に教えてください。

どのような本か?

園田:本書は日本で働く優秀な外国人と、それを雇っている日本企業が、お互いにどのような思惑でその雇用関係を結び、持続させ、解消するにいたるのかという、双方の意図を検討したものです。

――なるほど。ポイントになるのは、「双方の意図」というところですね。

園田:はい。優秀な外国人を日本の労働力にしようという試みは、政府主導で検討されているホットイシューであると同時に、その難しさも指摘されている状況にあります。では、日本で働く選択をした外国人は何を考えていて、企業側はどのように考えて外国人を雇用しているのか。この点を、外国人と企業人事部の双方から調査することで、両者にはどのような意図があって、それがどのように相手に理解されているのかという観点から明らかにした本だとまとめられます。

誰に読んでもらいたいか?

――どういった方にこの本を読んでもらいたい、と考えていますか。

園田:そうですね、人事に携わる方のなかでも、特に日本で専門性の高い外国人を雇用し、うまく戦力にするために、日本という国家・日本企業という組織がいかにふるまうべきなのかという点が気になる方には、ぜひ一読いただきたい内容になっているかと思います。
 また働いたことがある方はわかると思いますが、働くなかで自分のやりたいこと・やれることと組織のやりたいことが乖離するという現象は、どのような組織であっても往々にして起こります。そうしたとき、私たちはそのやるせなさにどう折り合いをつけているのか。まさに本書で扱っている企業人事部で働く人たち、外国人労働者たちは、両者の雇用関係をどう良くしていくのかという点において、同種の問題に向き合っています。もし組織で働くことに少しでも違和感を覚えている方がいるのであれば、本書の分析を通して、そういった悩みがこの世の中にはありふれており、日々みんな何かしらの形で対処しているのだということを、少しでも認識していただけたらいいなとも思っています。

――ありがとうございました。
 つぎは、もう少し専門性のある、学界や研究者に向けてご紹介いただけますか。本書は書名に「社会学」と冠するものの、対象読者としては隣接分野の研究者も想定されていますよね。

他領域へのまなざしと社会学の強み

園田:本書が扱っている外国人雇用の問題は、日本企業という組織が抱える問題としてみれば経営的な関心の対象となりうるし、日本経済への影響力などを考慮すれば経済学的な観点からもアプローチしうるものです。たとえばダイバーシティ・マネジメントやダイバーシティ&インクルージョンは日本企業においてもますます重要視されていますし、不平等を是正しなければならないという規範的観点だけでなく、純粋に企業や個人のパフォーマンスがどう好転するのかといった経営(実践)的観点からの実証研究も進んでいます。また、日本の外国人受け入れ政策、具体的にいえば日本における「優秀な外国人」の線引きに多大な影響を与えた1987年の外国人労働者問題研究会で議長を務めたのが著名な労働経済学者・小池和男であることからも、経済学的な関心の強い領域であることは確かです。

――なるほど。社会科学の垣根を超えるテーマでもあり、マクロな日本社会へのヴィジョンや分析にもつながっている、と。

園田:高い経済効果が見込まれる外国人の移動と日本社会での受け入れについては、社会政策移民研究の観点からも関心が寄せられています。つまり、外国人雇用に関する問題それ自体は、かなり幅広い学問的な関心の対象となりうるわけですし、そうした異なる角度からの関心をもつ潜在的なオーディエンスに対して可能なかぎり応えたいと努力してきました。
 だからといって、それらすべての領域に対して同じ熱量で応答することは難しく、ややもすれば、まとまりのない文章にもなりかねません。そこで上記の関心を絡ませながらも、全体の議論には一本の軸を通すことができる、社会学の強みを押し出すことにしました。

――たしかに、刊行までやりとりを続けるなかで、社会学という学問の射程や力点について、何度も話をしましたね。

園田:そうですね。社会学という学問領域は、とにかく広く議論を展開できる、魅力的な思考の枠組みです。あまりに広すぎるがゆえに、熟練の社会学者ですら「社会学とは何か?」という最も素朴な問いに四苦八苦してしまうことがあります。社会学には、私たち市井の人間を縛っている国家や社会といった集合的なものから、それに順応したり抵抗したりする私たち人間の反応までを、同時に射程に含めて分析する理論的な懐の深さがあります。私は大きな社会という存在とちっぽけな個人という存在の間にある「関係」を考えることが、社会学の一つの目指すところだと理解しています。さまざまな学問的関心の交差点となりうる外国人雇用を、「関係」という視点から読み解くことで、社会学の問題としてまとめたものが本書だと思います。

――社会学に軸足を置きつつ、そのうえで幅広い読者層を視野に入れていったわけですよね。本を書き進めるにあたってどのようなことに気を配られましたか。執筆中も、いろいろな学会や研究会で発表したり、意見交換をしたと聞いていましたが。

園田:本書が届きうる多くの専門領域と関連づけながら、社会学者としてのポジショニングと魅力を強調することを同時に意識しましたね。この研究を進めるなかで感じたのは、できるだけ多くの視点から目の前の現象を眺め、捉えていくことが、その理解を深めるために必要だということです。雇用関係を企業と外国人の両側面から分析するという点もそうですし、そこで得られたデータを分析する視点も、自分ができる範囲で相対化しています。

――「相対化」というと?

園田:たとえば、「企業」へ調査しようと思ったとき、我々が直接コミュニケートできるのはそこで働く「人」である以上、それはどのように「企業」の分析たりえるのでしょうか。この考察は、組織社会学的な視座からのアプローチであると同時に、組織論的な問題提起を多分に含んでいます。また外国人をどのように採用・定着させるのかという人事労務管理の視点や、海外展開先の現地従業員をどのようにリテンションするのかという国際経営論的視点など、多くの角度からなされてきた外国人雇用に関する研究に対し、社会学という視点からいかに貢献していくべきなのか。高度人材を扱う移民研究といかに差別化し、データのなかに現れる分析的な面白みや人間の機微を表現していくのか。以上の点を、できるだけ他領域の知見を取り込んだうえで、あえて社会学に軸足を置くことで見ることができる独自性を意識して言語化しようと試みています。

――なるほど。さっきの「社会学者としてのポジショニング」の意味とあわせて納得しました。

園田:そのためにも、社会学のオーディエンスだけでなく、他領域の研究者がいる学際的な場での報告を心がけ、いろいろな方の反応を探ってみました。自分の研究のおもしろみを理解してもらうまでには時間がかかりましたが、試行錯誤を繰り返すなかで少しずつ手応えが感じられるようになってきました。特に人的資源管理組織論などを専門とする研究者たちから好意的な反応が得られたことが、自分の研究をより外側へと展開させたいと思うきっかけになりましたね。その点でいえば、「経営学系若手研究者による研究書の出版に関する研究会」での報告は、以上の経緯を外部のオーディエンスに向けてあらためて説明する場となりました。これは人文社会系の名残が強く、比較的書籍(単著)を重視する文化が色濃くある社会学に対し、相対的にジャーナル主義への意向が強くみられる経営学のなかで、研究を書籍の形で出版する意義について語ったものになります。リンク先の記事も、ぜひご笑覧いただけると幸いです。

――こうして並ぶと、研究者の個性が見えておもしろいですね。

園田:論文と違って書籍という出版の媒体は、思考の背景状況を説明できる紙幅があること、過度に説明を最小化する必要がないことが特権的だと考えており、それを論文にはない「豊かな雑味」と表現しています。個人的に気に入っているフレーズです(笑)。

――:なるほど。「豊かな雑味」、これから推していきましょう!
 これって、社会学の「らしさ」や「おもしろさ」ともつながっているような気がしますね。

社会学者としての2つのこだわり

園田:そうですね。本書を執筆するにあたって、あらためて社会学という学問領域のおもしろさ、社会学者としてのアイデンティティ、そしてそれが自らの研究の独自性につながっているということに気づきました。そのため本書ではいくつかの点で社会学者としてのこだわりを押し出しているのですが、簡単に説明するならば、それらは「関係の分析」と「産業社会学という領域」へのこだわりになるかと思います。
 先ほど、社会学は関係を考える学問だと述べましたが、関係とは、ある存在とある存在をつなぐ「あいだ」に存在するものだと考えています。親と子の「あいだ」には親子関係が、何らかの意図をもった個人の「あいだ」には利害関係や友人関係、敵対関係や恋愛関係などが生じます。たとえば友人関係は、相手のことを認識した瞬間から生まれるものではなく、相手とのコミュニケーションのなかで発生し、強化され、持続していくものでしょう。同様に優秀な外国人と日本企業の「あいだ」に雇用関係が生まれるのであれば、関係構築にいたるまでに両者の間でやり取り(相互行為)が積み重ねられており、その背後には何らかの意図があるわけです。この相互行為とそれを生み出す両者の認識を捉えることで、雇用関係を分析するという本書の試みは、まさに社会学的なこだわりの産物であると考えられます。

――外国人と企業の「あいだ」として、雇用関係をみる、と。

園田:社会が存在するのだとすれば、社会と個人の「あいだ」にも何らかの関係があるわけです。企業という組織は、個人によって構成される集合体であると同時に、社会のなかの一部であるという、まさにミクロとマクロの「あいだ」にあるものです。企業組織と外国人個人の雇用関係を検討するときに重要なのは、両者を包摂する社会という存在を含めて、それら3つの要素(個人–組織–社会)の「あいだ」にどのような影響があって両者の関係が成り立つのかという点を考察することであり、これは社会学という学問的視座からよりクリアに分析できる部分だと思います。
 以上が社会学一般としてのこだわりなのですが、もう少し専門的でマニアックなことを言わせていただくと、私は本書のタイトルにもある産業社会学という領域に固執している部分があると思います。この点についての詳しい説明は省きますが、それは私がいかにして社会学に興味をもち、どのような部分に惹かれてきたのかという個人的なストーリーにも関連してくる部分だからです。この点については、ぜひ本書のあとがきを読んでいただけると幸甚です。

――:あとがきもかなり「読ませる」文章でしたね。
 最後に、これまでにご自身が携わられた本、あるいは本書と関連づけて読んでもらいたい本があれば、ご紹介ください。

園田:社会学という立場で労働現象を扱うという点でいえば、私が共同編者を務めた『21世紀の産業・労働社会学:「働く人間」へのアプローチ』という本は、まさにその点をさまざまな角度から掘り下げたものになっています。第2章では本書でも扱った企業人事部の分析を別様にまとめていますし、第12章では産業社会学とか労働社会学のような、社会学のなかにある領域それぞれの独自性やこだわりなどについても触れているので、ぜひお読みいただけると嬉しいです。

 また個人的に影響を受けた本でいえば、グレイザー&ストラウスの『死のアウェアネス理論と看護:死の認識と終末期ケア』やドーアの『イギリスの工場・日本の工場:労使関係の比較社会学』などの古典は、いま見ても非常におもしろいので、個人的にオススメです。

――:ぜひ、他の若手の新しい研究や、古典とあわせて読んでいただきたいですね。ありがとうございました。


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