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ブランドが終わっても、人生は続く。

年末が近づくと、M-1が待ち遠しくなる。 

特段、お笑い好きというわけではない。どちらかというと、そんなに観ない。YouTubeのホーム画面にお笑い芸人の動画が表示されることもなければ、テレビのバラエティ番組を観ることもあまりない。

そんなわたしにも、M-1は待ち遠しい。

若手芸人の戦場。
人の人生をたった一晩で激変させる超巨大権威。審査の重圧を背負い立ちはだかる芸人界の超重鎮。20年に渡り語り尽くされる伝説の系譜。

たった4分。その密度。
この一年の、あるいはもしかするとこれまでの芸人人生すべての時間を、拳で握りしめて絞り出すような。

乾坤一擲。問答無用。人生一発大逆転。
鬼気迫る、夢の舞台。

ああ、好きだ。
正座して観たい。


M-1を立ち上げたのは、島田紳助さんだ。
立ち上げた理由は「漫才への恩返し」と「漫才師がやめるきっかけを作る」の二つにあるらしい。

「やめるきっかけ」
「やめ時」
「引き際」

引き際と、あきらめないこと。

ふたつの美学は、違うようで、時に同義で。
費やしたサンクコストを振り返ると、いよいよそれは、あきらめきれなくなる。周囲の視線が気になると、現状を人のせいにしてしまう。

くすぶっているくらいなら、全力でひと勝負。勝てば大舞台。ダメなら潔くあきらめる。

踏ん切りがつかない想いにきっかけを与えて、やめる決断を促す。夢に期限を設ける考え方もまた、それはそれで美しく、納得感のある終わり方だと思う。

何かをあきらめるのはいつだって、簡単にはいかない。簡単にはいかないから、正しく敗けて、ちゃんと終わる。終わらせて、次に進む。そのための納得感がほしい。

夢破れても、人生は続く。
引きずらないように終わるのも、大切なことだ。


maison407には『STEP制度』というルールがある。

STEPという名称の通り、ブランドが段階的に成長していくことを目指した制度設計だ。

これまでファッションブランドを立ち上げるためには、売れるかどうか分からない商品をいきなり在庫を抱えて売り始めるような、まるで断崖絶壁に等しいハードルをよじ登らなければならなかった。

そんなギャンブルみたいなこれまでのやり方ではなく、まず10着だけつくるという最小限のリスクで販売を始めてみて、少しずつ販売量を増やして、小さくマイルストーンを刻んで、段階的にブランドとして成長していく。『STEP制度』はそのための制度である。

その一方で、STEP.1では2回連続で商品10着を完売できなかったら、自動的にブランド終了となるルールがある。それ以降のSTEPでも条件未達なら随時降格となり、立ち上げから1年を経過してもSTEP.3に至らないブランドは、同じく自動的に終了になる。

要するに『売れなかったらブランド終了』。
そういうルールだ。


teshioniでも、いくつかのブランドが終了する場面に立ち会ってきた。

teshioniでは下記noteで書いた通り、立ち上げ時の10数着が売れなかった場合を除き、ブランドを終了することについて弊社として意思決定を下すことは基本的になく、弊社はその立場にない。

船の漕ぎ手である弊社にとって、すでにお客さまが乗っている船を漕ぐのを勝手にやめるなど、とても想像できない。

しかしその一方で、ブランドになっていくのは簡単ではないことも、理解しているつもりだ。
弊社として、ブランド立ち上げのリスクを最小限に軽減できたとしても、その成長のためにできることは、それほど多くはない。

本質的な意味でブランドとは、つくるものではなく、なっていくものだと思っている。
弊社にできることは、立ち上げたそれが、いずれブランドとして成長していくことを信じて、プロダクトの品質とオペレーションの精度を担保することまでだ。

ブランドはデザイナーのものであり、立ち上げたものがブランドとして、やがて社会に受け入れられ、認知されていくまでの努力は、デザイナーにかかっている。

そしてその努力のやり方はあまりにも自由で、自由であるがゆえに、選択の苦しみに満ちている。

自由に選べるとは、選ぶ責任を背負うことだ。正着を選べているうちは良いが、失着が続いてしまうと、選択に迷いが生じる。選ぶことが怖くなる。恐怖に手が縮んで、失敗を引きずって、それでも選んで、またうまくいかない。うまくいかないまま繰り返すのは、苦しい。

その苦しみを分かっているつもりになるのは、おこがましいだろうか。


それならば、やめるきっかけを用意するのも、必要なことかも知らない。

ブランドが終了する時、応援してくださっているお客さまには、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。もちろん、縫ってくれた職人さんにも。

わずか10着。されど10着。
それでもやはり、わずか10着。

それさえも売れ残ってしまうようなら、そのブランドは恐らく今後も、あまり多くのお客さまの役に立てないだろう。もちろん、生産者のためにも。つまり社会に必要とされていないと考える。

売れていないブランドをなんとかして続けても、誰の幸せにもならない。デザイナーにとっても苦しいだけだ。やめたいと言うのも苦しいだろうし、やめろとも言えない。

それならば最初から、始まりだけではなく終わりのルールも内蔵した方が、挑戦者に優しいシステムなのではないだろうか。


maison407と『STEP制度』が目指すもの。
それは『挑戦への全肯定と、納得できる終わり』だ。

挑戦に対しては、そのすべてを肯定する。
すべてだ。

新しい挑戦だけがこの業界の閉塞感を打ち破る。
矢面に立って新たなブランドを世に送り出す。その難関に挑む者には、問答無用で最大の敬意を払う。

残念ながら今のわたしたちでは力及ばず、ご応募くださる方すべての方とご一緒することはできないが、少なくともその挑戦を、内容ではなくその挑戦する意志を、わたしたちはすべて肯定する。

縁あってご一緒させていただけるブランドには、その成長を心から願う。そのためにデザイナーがコミットするなら、わたしたちも最大限コミットする。

挑戦する。コミットする。
デザイナーもわたしたちも全力を尽くして挑む。

プロダクトの実製作を担う若きアトリエチームも、運営方針や生産背景を担うブランドマネージャーも、みんな必死だ。たぶん彼らは、担当したブランドが終了したら自分のせいだとまで思ってしまうかも知れない。

それは違う。そうではない。
全員が、全力を尽くしたのだ。

全員が全力を尽くして、それでも売れなかったのなら、それはもう、仕方がないのだ。全力を尽くしたのだから、恥じることなど何もない。ただ今日はその方角に風が吹いていなかっただけだ。

その時は、潔く終了したらいい。
失敗を受け入れて、納得して、ブランドのチームを解散して、また次に進めばいい。

失敗したその時に、挑戦者もわたしたちも納得して次の道を歩めるように、引きずらないで終わらせる。
初期費用もかからないようにして、始める時も終わる時も、挑戦する者が納得できる場であるための制度。

『売れなかったらブランド終了』。
それは、失敗の許容。M-1から学ばせてもらった、納得感ある終わりの設計である。

同時にそれによって、わたしたちもまたたくさんの挑戦者を世に送り出すことができる。失敗を許容できるから、たくさんの挑戦ができる。

挑戦のリスクを最小化し、挑戦者の数を最大化する。
それがきっと、わたしたちの使命なのだ。


ブランドが終わっても、人生は続く。

大切なのは、自分の責任で自分の道を、納得して歩めることだと思っている。

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