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石と話す

スピリチュアルが
嫌じゃない人でも

「石と話す」という話題には
それはちょっと…となることがある。

花と話す、鳥と話す。

そこまでは分かるけど
石はちょっと…
と言われたこともある。

動植物は良くて
石はダメなのか…って
少しだけ、しゅんとなった。

私の場合、石が1番話せる。

最近は
薔薇も、ものすごく仲良しだけど。

さて。

実際のところ日本人は、
石と話せる感性を持っている
割と稀な人種である。

例えば熊本城が被災したとき
以前から修繕していた石垣は崩れ、

修繕されていない石垣は
崩れていなかったのだと言う。

それは、熊本城の最初の建設時、
どのように積み上げればいいか、
石垣の石が名乗り出ていたから。

「まずは僕を置いて。」
「その次は僕を置いて。」

そうやって石が教えてくれて
完璧な石垣が作られた。

これは、当時の藩主の子孫が
語り継いでいる実話。
熊本城だけでなく、
あらゆる城がそうやって、
石と会話しながら建築されたそう。

ここからは予想だが、

ピラミッドでも
おそらく同じように
完璧な順番で石が並べられた。

だからピラミッドは
紙一枚挟むことができないほど
ぴったりと石が積まれている。

人間業ではないと言われている。

虫の声はどうだろう。

実は虫の声をリンリンと
歌のように聞き取れる人種も少ない。

一説によると
日本人とポリネシア人以外には
虫の声は騒音に聞こえるらしい。

虫の声を音楽のように
楽しめるわたしたちは
そういう感性を持った人種なのだ。

日本人がこのような感性を失った時、
世界の終わりが来ると
予言している国すらある。

そうそう。

スライドにも書いたけど
石と話せる人しか
UFOの操縦はできないらしい。

だからなに?!って話だが
わたしにとっては
とても腑に落ちた話だった。

逆に言えば
石と話せたらUFOを
操縦できるかもしれない。

石と会話することは
そのくらい
自分を研ぎ澄ませることなんだ。

石のことを
最近よく考えていて。

最近じゃないか、ずっとか。笑

私の中の真実を
どこまで人に話していいのか
よくわからなくなる時がある。

私にとっての真実は
誰かにとっての
不正解なんじゃないかと
怖くなることがある。

まだまだ読書量も圧倒的に足りず
学びの最中であるわたしが
何か語って良いのだろうか?

そう考えて、
グルグルすることがある。

でも、やはりわたしにとって
石は奇跡の産物であり
かけがえのない存在なんだよな。

当たり前の日常を
一瞬で輝かせてくれた救世主。

毎日石を見て、
奇跡が目の前にあると感じる。
この感覚は真実。

だからこれからも
石が語りかけてくれたことを
誰かに伝えると思う。

もし、石と話すことが
好きな人がいたら
それを大切にしてほしい。

誰かが馬鹿にしたり
そんなことはあり得ないと言っても
あなたの真実を大切にしてほしい。

わたしもそうする!


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