長編小説『becase』 21
「だからよ、昨日見たよ。ここでな」
と言って、でんぱちが店主の方を見た。店主も相変わらず無口なまま小さく頷いている。この人たちは私をからかう事がそんなにも楽しいのだろうか。でんぱちというこのおやじはいいとしても、店主まで私を陥れるなんて酷すぎる。どうしてこうも皆私の傷を抉るような真似をするのだろう。
「……昨日、来ましたよ。今あなたが座っている隣の……いつも座っているそこの席に座って生姜焼きを食べて行きました」
店主の声を始めて聞いた。こんなにも透き通っているなんて予想もしなかったけど、それは予想通りの声量が小さく覇気の感じない声だった。
「え、本当なんですか?」
私が聞くと、店主がまた小さく頷いた。
「ほらな?だから言ったろう?俺は嘘を言わない性分なんだ!」
嗄れた声が私の背中を叩く、やかましく、耳を塞いでしまいたかったけど、彼の話はいつまでも聞いていたかった。
「じゃあ、えっと、整理すると……彼は昨日この店に来た」
また店主は小さく頷いた。
「それで、えっと、この席で、生姜焼きを食べた」
また小さく頷く。
「そういう事ですか?」
「そういう事だ!」
嗄れ声がまた私の背中を叩いた。
「え、え、よく分かりません」
「は?何が分からないんだ。俺は嘘なんて……」
「いや、嘘を言っているとは思ってないんですけど……彼は昨日ここに来たんですか?」
「さっきから何度もそう言ってるだろう?」
「……はい、さっきから聞いていますけど」
「だからあんたが俺から聞いたそれが、昨日この店であったんだよ」
「……彼が、生姜焼きを食べた……?」
「その通り!」
がははと大口を開いて笑ったでんぱちをよそに、店主がカウンターの奥で静かに微笑んでいた。