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「直感」文学 *風向きが変わる*

 風向きが変わった。
 そう思ったのは、ただそう思いたいと自分が勝手に考えていたからかもしれない。
「今年一年は、とても空虚に過ぎ去っていったわ。泡がはじけるみたいに」
僕がまだ子供だった時に言った、母の言葉が今でも忘れられない。もうずっと前の言葉だ。それなのに、頭の中に残るシミみたいに、いつまでもその場所を占拠していたのだった。
「ねえ、今年一年はどんな年だった?」
妻は僕にそう聞いた。
「そうだな、あまり取り留めのない、平凡な年だったよ」
僕はそう答える。
「面白味のない答えね」
「本当にそんな年だったから」
妻は、何を期待して僕にそんなことを聞いたのだろうか。考えてはみるものの、分かりそうもない答えを追い掛けることをすぐに諦めるのは昔からの癖だった。

 あと数分で年が明ける。
 そんな日にかかってきた突然の電話は母の死を知らせる電話だった。風向きが変わったと思った。
 母は以前から入院していて、さほど長くはないだろうと悟ってはいたものの、いざその時が来るとどうしようもない感情に苛まれる。
「大丈夫?」
妻に伝えると、そう声を掛けた。
「ああ、大丈夫だ。……なあ、風向きが変わったよ」
「風向き?」
「ああ、風向きだ。きっと、これまでずっと、何か大きな力に支配されていたように思う」
妻は不思議そうに僕を見ていた。それでも僕はそれを言ったきり黙っていた。
「……そう。それは良かったこと?」
「ああ、良いことだ」
「ならよかった」
妻は静かに微笑んだ。
 もうすぐ年が明ける。風向きが変わった、新しい年だ。

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