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「直感」文学 *寒いからさ*

 風が冷たい、優しく撫でるようなものなんかじゃない。これは、肌を痛めつけるようなもんだ。
「寒いなぁ」
隣でユリはそう言った。顔が埋もれてしまうくらいに分厚く、長いマフラーをぐるぐると巻きつけているのに、その隙間から見える頬は赤く染まっていた。それだけでも寒さが伝わってくる。
「冬、早く終わらないかなぁ」
僕は彼女にそう答えた。吐いた息は白く、風にさらわれてすぐに見えなくなってしまう。
「冬、好きだけどね。私が、生まれた季節だし」
「ああ、そうか。ユリは、もうすぐ誕生日か」
「うん、そう」
「うん、そうか」
「あなたは夏だから関係ないね」
「うん、そうだね。僕は、夏だから」
夏、という言葉を発するだけで少し体が温かくなるような気がした。だけどそんな気持ちを察したかのように吹いた風が、やっぱり凍てつくような冬を思い出させた。
「誕生日は何が欲しい?」
何気なく聞いてみた。聞いてみたけど、僕は彼女がバルミューダのオーブントースターを欲しいということを知っていた。それとなしに、最近彼女はそれをアピールしてきていたから。
「うん、そうだね……」
顔女は考えていた。分厚いマフラーの中に顔を埋めて、くっと、目を閉じて。
「なんだかんだ言っても、今はお鍋が食べたい」
「鍋?なんで?」
「うーん、だって寒いから」
「それは今の話だろう?」
「だって今聞かれたんだもん。今のことしか答えられない」
「っていうか、トースターだろ?欲しいの。バルミューダの」
「え、知ってるの。うん……、だけど今は本当に鍋が」
夜道はどこまでも暗いままだった。初詣帰りの今の時間じゃ、スーパーなんてどこも開いてやしない。
「今日は無理だよ、また明日かな」
「そうだね、明日は鍋にしよう」
ユリはそう言って僕のポケットに手を突っ込み、僕の右手をぎゅっと握った。彼女のその冷たすぎる手が、どこまでも愛おしく思えたのだった。

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