【小説】新入り猫さん
カランカランカラン。
ベルの音に、葵羽はドアに目を向ける。
「あ、雪丸さん。いらっしゃいませ」
「どうも。夢仁さんもいるんだな」
雪丸がそう言うと、夢仁はひらひらと手を振った。雪丸の後ろから、茶色のトラネコがチラリと店の中を覗いている。キョロキョロとしていると、葵羽と目が合った。
「どうぞ、お好きな席に座ってください」
葵羽が促すと、雪丸とトラネコはカウンターにちょこんと座った。よく見ると、トラネコの耳の先が少し欠けている。
「こちらメニューです」
「俺はいつもので。お前はどうする?」
トラネコはメニューをペラペラとめくり、ミルクティーを注文した。葵羽はすぐにグラスを取り出し、手を動かし始める。
「今日は、こいつを紹介しにきたんだが……夢仁さんがいるとは、タイミングが良かったな」
「いえーい」
夢仁が手でピースを作って、雪丸を見る。目線を手元に向けたまま、葵羽が言う。
「もしかして、前に仰っていた新入り猫さんですか?」
「あぁ。色々落ち着くまで時間がかかっちまったが……。自己紹介させてもいいか?」
「もちろんです」
葵羽の言葉を聞いて、おそるおそるトラネコが口を開いた。
「初めまして。えっと、千茶です。よろしくお願いします」
トラネコこと、千茶が高い声で言った。どうやら女の子のようだ。
「おー。俺は夢仁……つか、俺らのことはどこまで知ってんだ?」
「雪丸さんに聞いたので、人並みには知っているかと」
千茶が答えると、夢仁が「どんな説明をしたんだか」と雪丸を見る。雪丸は視線を逸らす。
「お待たせしました」
葵羽がそう言い、クリームソーダとアイスミルクティーを机に置いた。雪丸が口をつけるのを見て、千茶もミルクティーを傾ける。
「あ、あの、訊いていいのか分からないのですが……」
「何でしょう?」
千茶が葵羽に言うと、葵羽は柔らかく微笑んだ。
「葵羽さんは、人間ではないのですよね?」
「そうですね。僕自身、記憶はないのですが、人間ではないかと」
「ですよね。変なことを訊いて、ごめんなさい」
葵羽については、未だに分からないことが多い。だからこそ、千茶は確認がしたかったのだろう。唐蝶は幽世……いわゆる死後の世界にある。相手が死者なのか、妖怪なのかで、気の遣い方が変わるのだ。
「葵羽については、俺にも分からないんだよな」
夢仁が言うと、葵羽も苦笑いを浮かべる。
「まぁ、僕らに気を遣うことはないですよ」
「そーそー」
2人が言うと、千茶はホッとしたように口元を緩めた。
「ゆっくりくつろいで行ってください」
「はい。ありがとうございます」
雪丸も千茶も肩の力が抜けたようだ。店内には、明るくゆったりとした空気が流れている。
(終)
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