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【小説】守り神と買い物

「梗一、楓、ちょっと出かけるぞ」

 羽織りを身につけながら、桐人が言った。外に出るのが好きな楓は、目をキラキラと輝かせている。

「どこに行くんですか?」

 梗一が訊くと、桐人は複雑そうに言った。

「幽世だ。まぁ、ただの買い物だがな」

 その言葉に楓の目は更に輝いた。幽世は、端的に言うと死後の世界だ。逆に花舞高校のある、この世界を現世げんせと呼ぶ。

 桐人たちのような人間ではない者は、現世と幽世を行き来することができるのだ。

「5分後に幽世への門を開く。それまでに準備しろよー」

 桐人がそう言うと、梗一はラフな格好から外行きの格好に着替える。楓は、小さい鞄に色んなものを詰めていく。

「桐様ー! 自由に動いてもいいですか?」
「はぐれない程度になら動いてもいいぞ。もう準備はいいか?」

 そう訊くと、2人は「はい」と返事をした。それを聞いて、桐人は手を叩く。

「我が名、花桐掬命はなきりきくのみこといて幽世への門を開く」

 部屋に響く声で唱えると、何も無い空間に鳥居に似た、黒い門が現れた。

「行くぞ。ついてこい」

 桐人に続く形で、梗一と楓が門をくぐった。すると、黒い門はすうっと消える。次に桐人たちの目に入ってきたのは、普通の街並みだった。だが、普通の街とはとても言い難い。

 空は夕暮れのような赤みを帯びた橙色で染まり、作り物のようだ。何より、街を歩く人は体が透けており、到底生きているようには見えない。はっきりと見えるのは、せいぜい妖怪くらいだ。

「何を買われるんですか?」
「残り少ない茶葉と、和傘の手入れ用のクリーム、あとお菓子とかだな。近い店から回るぞ」
「はい」

 梗一の返事が聞こえた。楓は既にどこかに行ったようだ。お茶屋さんに入ると、淡々と茶葉を購入する。買わないと分かっているのか、桐人に何かを勧める店員もいない。

「にしても、幽世は異質な場所だよな」
「時間の流れも分かりませんからね」

 桐人があまり幽世に来ないのは、時間や天気が分からず、気味悪く感じるからだ。ずっと現世で暮らしてきたからでもあるだろう。

「梗一は、何か欲しいものはないのか?」
「特にありませんよ」
「そうか……ちょっと待ってろ」

 そう言い、桐人は雑貨屋らしき店に入っていった。そして、赤色と紫色、緑色の何かを購入した。

「待たせたな。んじゃ、残りの店も回るか」
「いえ……。分かりました」

 梗一は不思議そうにしながらも、桐人の後ろについた。

 数十分動き回って、買いたいものは買えたようだ。桐人は大きな声で楓を呼ぶ。

「桐様ー! 終わりましたか?」
「あぁ。帰るぞ」

 そう言い、来た時と同じように黒い門を作り、花舞高校に帰る。門をくぐると、空はすっかり真っ黒になっていた。幽世と現世では、時間の流れ方が違うのだ。

「これ、お土産だ」

 桐人が梗一と楓に何かを渡す。それぞれの瞳の色と同じ色のブレスレットだ。桐人も赤色のブレスレットを身につけている。

「……ありがとうございます」

  梗一がポツリと言った。感極まった様子だ。楓も嬉しそうに、緑色の瞳を輝かせている。

 2人とも、自分の要望をはっきりと言うのが苦手なのだ。楓はよく言うイメージがあるかもしれないが、一定のラインで止めている。だからこそ、桐人は色々なものを贈ったりするのだろう。

「また買い物行く時も、付き合ってくれよ」
「もちろんです!」
「お供しますよ」


(終)

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