見出し画像

書評『ニック・ランドと新反動主義』(2019 年の新書)

『ニック・ランドと新反動主義』を読んだ。

著者である木澤佐登志氏について私は、現代ビジネスで vaporwave を特定の政治思想とを絡めた記事を執筆している人程度にしか認識していなかったので――いやこれは誤りだ。単著が出ているとは知っていて、ともかく現代ビジネスの記事があまりに極端な政治思想、オルタナ右翼とポップカルチャーとを絡めていたので眉唾ものだなぁと思っていたのだった。

この本を手にとったのは、ポリティカル・コレクトネスについて書かれた『「差別はいけない」とみんないうけれど。』という本に理由がある。ポリコレとはどこに由来があり、なぜそれは息苦しささえ感じさせ時として強烈な反発を招くのか。差別が生じる背景に目を向ける本の中にオルタナ右翼について触れる記述があるのは当然と言える。であればオルタナ右翼についても理解を深める必要がある。

木澤氏には今回紹介する『ニック・ランドと~』以外にもう一つ単著として『ダークウェブ・アンダーグラウンド』が存在する。こちらは表題通り Tor などの特定のソフトウェアを利用してのみアクセスできるウェブコンテンツであるダークウェブについて紹介するもの。" アメリカ西海岸文化から生まれたインターネットの思想的背景を振り返りながら、ダークウェブという舞台に現れたサイトや人物、そこで起きたドラマの数々を追う。 " と Amazon の紹介文にある通りだ(なお筆者は未読)。

ではそのようなダークウェブと呼ばれる領域を支える思想とは。『ニック・ランドと~』が切り込むのはダークウェブや仮想通貨、そして Paypal 等シリコンバレーのプロダクトが成立に至った経緯であり、そこから浮かび上がってくる思想、加速主義についてである。

ここにようやく vaporwave が絡んでくる。加速主義とは(一面では)民主主義的な国家の意思決定プロセスからの脱出を目指す取り組みであり、根本には民主主義的な政治と自由な資本主義経済の領域とは両立しないとの発想を宿す。加速主義者はカントの啓蒙主義以降、ドゥルーズ=ガタリまで連なる西洋哲学の枠組みの限界を指摘しつつ、資本主義と密接に結びついた技術革新を推し進めることでその限界――シンギュラリティ(技術的特異点)へと至ろうとする。特異点へと加速し続ける資本主義。vaporwave のサウンドが持つノスタルジーはドップラー効果により間延びし続けるいつか観た未来への憧憬のようなものだ。

面白いのは加速主義の形成には大陸哲学のみならず、クラブカルチャーや SF、クトゥルフ神話までが密接に絡まり、そして SF マインドにも加速主義的な発想が多分に含まれているということだ。近年の SF 作品がシンギュラリティを取り扱うことは言うに及ばず、国民国家が解体され市場経済的な結びつきにより自治される共同体といった近未来やポスト・アポカリプスといった世界観は加速主義的な発想と親和性が高い。

さて、では加速主義への批判はというと『ニック・ランドと~』内では幾つかの点で軽い指摘がされるのみに留まっている。しかしそれこそが重要な指摘であり、木澤氏が紹介された加速主義者と立場を異にし、そしてその思想を今後更新していく部分であるのだろう。これは推測に過ぎないが、表題が『ニック・ランドと新反動主義』とあえて加速主義としていない理由もその辺りにあるのではないか。

個人的に思うのは加速主義の誕生にフィクションが果たした役割である。本文中には「予言の自己成就」という言葉が出てくる。そして SF はある意味で予言である。また本書の中では加速主義への批判的な文脈で、哲学者スラヴォイ・ジジェクの言葉とされる「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像する方がたやすい」というフレーズが引用される。そして最後の章で木澤氏は「幻視を、空想を、思弁を、欲望を諦めてはいけない」と高らかに宣言する。それこそが自己成就する予言として、フィクションが現実に及ぼす力である。

終末論的なシンギュラリティではない近未来。現代の社会情勢や政治経済の少しその先。資本主義が解体され、しかし終末の訪れない予言を世界は求めている。

ところでニック・ランドの著作である『暗黒啓蒙(dark enlightenment)』(出典:http://www.thedarkenlightenment.com/the-dark-enlightenment-by-nick-land/ )(2012年)は現在、邦訳が進んでいる最中である。合わせて参考にされたい。

Photo by Charles 🇵🇭 on Unsplash

この記事が参加している募集

読んでくださりありがとうございます。ぜひ感想をシェアしてください!