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383: あの子みたい。意外と割れないガラスの靴のタフネス色

森の奥深く
あなたが知っている
あるいは知らない場所にある色屋の話。

キラキラキラ
くるくると回る女性のドレスの裾が
広がるたびに,夜会用の靴やジュエリーが
ホールの光を反射して光る。

幼い私たちはホールの隅っこにかたまって,
大人達があまり手をつけない料理を
次々と手に取り,一通り楽しんでから,
テーブルの下に潜り込み,テーブルクロスの裾を
そっと持ち上げ,優雅そうに,しかし
忙しく動き回る足元の美しい光を楽しんでいた。

「あ。」いとこが指をさす。
指さす先には,先日社交界デビューを果たした
私たちとよく遊んでくれる,姉様と慕う女性が
頬を染めながら一生懸命に踊っている。

「今日のためにすごく練習していたもんね」
「姉様綺麗だよね」
「あの靴,キラキラしていて綺麗〜」

「夜会で履く靴は,床を傷つけないように
柔らかい皮で作られ,足裏はツルツルと
滑りやすくできているんだよ」と,
練習後に手入れをしながら教えてくれていた
あの靴がキラキラと光を放ちながら動き回るのを
飽きずにみていた。

時は流れ,私もいよいよデビューを迎える
年齢になり,まずはフィッティングからと
母とお店にやってきている。

ショーウィンドウにはガラスの靴が飾られており
あの時の姉様の靴を思い出させる。
私がうっとりと眺めていると,後ろから母が
「あなたは相変わらず美しい物には
少女に頃と変わらない顔をして眺めるのね」と
くすりと笑って覗き込んできた。
「デビューしてすぐの姉様を思い出してたの」
「ああ,あの子みたいな靴よね。」
「どういうこと?」
「負けん気の強い子で、誰よりもヤンチャで
外で飛び回っていた子だったんだけれども,
デビューのお披露目が決まってから,
猛特訓に次ぐ特訓で,どこから見ても
優雅なレディに見えるようになっていたでしょ?
ガラスの靴はすぐに割れてしまうように見えて,
実は,丁寧に履くと床の上を滑らかに滑るので…
ほら,シンデレラのお話を覚えてる?」
「片方落として帰った?」
「そう,実用性にはちょっと無理があるけれども
ガラスの靴は,舞踏会の床にはとっても
理想的なのよ。案外タフだしね。
あの話では,美しさだけで履いているように
思われがちだけれども実用も兼ねてたと思うわ。
で,母親達の間では,あのヤンチャ娘の事を
“あの子はガラスの靴と一緒ね,粘り強く
くじけずやり遂げて,なおかつキラキラと
美しい淑女に見えたんだもの。”
なんて今でも評価するのよ」
「ふーん。姉様がそんな評価をもらってたんだ」
「今のあなたも相当ヤンチャだから,
姉様と同じ“ガラスの靴の令嬢”という
評価をもらえるよう相当頑張りなさい?」
「複雑」
「ほほほ。 本当の意味は自分の心にしまって,
外に見せる美しさと伴うよう努力なさい」
「さぁ,靴の形から選ぶわよ。」
「はーい」

「…こう言う経緯のあるガラスの靴色なんです」
「ほほほ。そうね,あの頃は努力したもの」
「おや?」
「私も相当お転婆でしたからね。
どこの母親達も娘に伝えることは同じね。
そうね,今から孫に物語として聞かせておいて
いざ!という時の心の拠り所として持たせるわ。
挫けそうになっても,この色が光を受けて
キラリと光ったのをみた時,やる気が湧くように
なってくれたら,次の代にまで続くものね」
「”ガラスの靴の令嬢“ですね」
「ほほほ。こういうことは伝えておかないとね」

チリン。
優雅な仕草で扉を閉め店を後にした貴婦人、
その足元がチカリと光ったのは,
気のせいでは無いと思った店主でした。






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