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283: かけるだけ。でも、それなりに見栄えするバジルソース色。

森の奥深く
貴方が知っている
あるいは知らない場所にある色屋のはなし。

「突然きてごめんなさい。
どこに行ったらいいか分からなかったんです…」
「大丈夫ですよ。
まずはお腹に温かいものを入れましょう。
パスタは食べられますか…?っと思いましたが、
今切らしていました…鶏肉ならあるな…」

「少しお酒を垂らしたミルクです。
出来上がるまで時間がかかると思うので,
これで温まっていてください」
「ありがとうございます…」
柔らかい香りが私を包んでいる。

ゴトごとゴト。
色屋さんが台所で
ご飯の支度をしてくれている音がする。
「私ったら,
何で家を飛び出してきちゃったんだろう…。
毎日何かを少しずつ我慢していて,
…それは相手も同じだと思うけれども…
私の心の器が,我慢と悲しみで一杯になって
溢れちゃうのが,思うより早かったのか…
そもそも我慢って思うのが無理している証拠?
性格とか根本が合わないって事…?

どんどん暗くなる,心と部屋。

「お待たせしました。
鳥肉のバジルソースがけです。
といっても,ソースは森の入り口の八塩さんの
営むケーキ屋さんの裏メニューの,
特製ソースを和えただけですけれどもね」
「美味しそう…色屋さんはいっつも素敵に
私を励ましてくれる…」

思いがけず涙が溢れた。

「…誰だって”もうダメだ“と思う時はありますよ。
そんな時はいろいろ手を抜くんですよ。
手を抜いてもいいように,素敵なものを
いくつかストックしておくんです。」
「忘れちゃう…毎日に追われて…」
「それでもいいんです。 辛くなった時,
ここを思い出して来てくれて,
私と一緒にご飯を食べて,後片付けをして,
いつもは見られないホラー映画を
一緒に見ることをストックの一つにしてくれたら。
肩の荷が少し下ろせるでしょう?
なんて,自分の場所が
さも素敵なように言いましたが…。
さぁ,まずはご飯を食べましょう。
元気は,お腹の底から湧くんです」
「頂きます」「頂きます」

色屋さんが作ってくれるご飯は,
美味しくって温かくって,蓋をしがちな
心の澱を少しづつ開けていっても良くて…

一緒に夜更かしをした,次の次の日ぐらいには,
パートナーが迎えに来ても
喧嘩腰にならず,涙に暮れるわけでもなく,
事実と気持ちのすり合わせができて,
とりあえず納得をして…
そしてそれから3人でご飯を作って…

そういえばパートナーって,八塩さんの
バジルソースに目がなかったっけ。
年中あるわけじゃないから,大事な特別な日に
「これを和えただけで大ご馳走!」なんていって
パスタに少し,鶏肉に少しなんて,
大事に食べてたっけ。

…それって彼なりの手抜き用の幸せストック?
そのお裾分けって事?
それならもっとどどーんと使ってよ!という
突っ込む気持ちと,
私も家に置いておけるストックを見つけて
少しだけお裾分けをしようと言う気持ちが
ふわふわと湧き上がってきた…気がする。

横を見ると,色屋さんがニッコリと笑っている。
手にはあのバジルソース色の瓶。
「これがふとした時に目に入って,
それでも悲しくなったらいらっしゃい。
もちろん,八塩さんのケーキを持って
ふらりと遊びに来てくれるだけでも,
大歓迎ですけれどもね。」
私の手の中に,緑の色がふわふわと溜まっている
瓶が載せられた。それが温かい気がしたのは,
きっとあの日の晩御飯の温かさを
そっとすくってくれていたから。

「迷って,つまずいて,俯いてもいいんです。
ここを思い出して足を運んで休んでください。
あ,ときどきは私も不在ですので,
連絡をしてからいらしてくださいね。
それではお二人とも,道中は気をつけて。
八塩さんも,取り置きのソースを準備して
待っててくれていますよ。
さようなら。また今度。」
「ありがとうございました。またきます」
カランコロン…
「笑顔が似合う人なんですから。
泣かせたら承知しませんよ…ニッコリ」
……森はいつでも迷える人を迎えるよう、
待っていてくれます。
疲れ切る前にそっと訪れましょうね。






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