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42: まっさらな郵便配達の自転車の色

森の奥深く
あなたが知っている
あるいは知らない場所にある色屋のお話。

チリンチリン。
聞き慣れない音がしたので,色屋は
店のドアを開けて外に出てみた。

そこには若く,
まだ少しニキビが残るような青年が,
パリッと糊のきいた郵便配達員の制服を
身に纏い,自転車にまたがり
ベルを鳴らしながら近づいて来たところだった。

“おや。彼は初めて見る顔だね”
小さな集落の郵便局なので
全員の顔は知っているつもりだった色屋は
ふむと唸り,
彼が自転車を降りてくるのをみつめていた。

「こんにちは。初めまして!色屋さんですか?」
「そうです。ここで色を販売しています」
「あーよかった。人に出会えないかもしれないと
少しハラハラしながらここまで来たんです。」
「と言うと?」
「僕,春にここに赴任してきたのですが,
土地勘がないので,通常はバイクで回るところを
しばらくは自転車で回って皆さんに顔を
覚えてもらえるよう,あちこちにご挨拶をして
回らしてもらっているんですね。
で,森の入り口のケーキ屋さんにご挨拶したら,
“森の奥に行くのは気をつけな…”って,
ニヤリと意味深な笑顔をされて,ビクビク
して自転車を漕いできたんです」
「ははは。八塩さんのイタズラだね」
「これからしばらくは僕がこの辺の担当なので
よろしくお願いいたします!」

真新しい自転車とピカピカの制服。
とびきりの笑顔で振り返りつつ手を振りながら
去っていく青年。
もちろん,森に入ってきた記念として
真っ赤な自転車の色をくみ取らせてもらった
色屋でした。
棚でピカピカした赤が見つかったら,
それはあの郵便屋さんの自転車の色なので,
手にとってみてくださいね。



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