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『傘がない』

「傘がない」は、
井上陽水の歌。

高校の時、私は落研(落語研究会)に入っていた。
落研はみんな、どこかのクラブ活動と掛け持ちで、
毎日部員が集まる…なんてなかった。
そう言う私も、科学部と掛け持ちで、
しかも、学校に行くこともあったけど、行かないこともあったから、
どうやっても、毎日、落研に行くことはなかった。

それでも、
落研の人は変わった、面白い人が多くて、
部室をのぞいて、誰かいるとワクワクした。
落語家の蕎麦の食べ方をみんなで真似したり、
寿限無を、誰が一番早く言い終えるか競争したり。
落語だけじゃなくて、
マニアックな趣味の話をしたり…。
みんな、落研に入るだけあって、
話しで人を笑わせるのが上手かった。

私が新入生で、3年生の一人のS先輩の落語を聞いた時、
初めて人のオーラを見た気がした。
凄く華があると言うか、
見る人を引き込む力が凄かった。
あっという間に、違う世界が広がって行く。
「こんな人が高校生なのか。」
と、釘付けになった。
でも、S先輩の落語を聴いたのは、その一回だけ。
受験で落研に来ることはなくなった。

S先輩の落語ファンがもう一人いた。
学年が一つ上の先輩で、S先輩の落語の凄さを二人で賛美して止まない日々。

その先輩が、井上陽水のファンだった。
その当時流行っていたウォークマンで、
落語も聞いたけど、
井上陽水も聞かせてくれた。
私は井上陽水を知らなくて、初めて聞いた時、衝撃だった。

「なんて大人の世界なんだろうか?」

S先輩といい、井上陽水といい、
未知なる世界を見た気がした。

その時、
井上陽水のLP(まだその時CDはこの世になかった)が発売になった。
先輩と二人でレコード屋に行って、
『ライオンとペリカン』
を買った。

「あなたは〜ペリカン〜…」
なんのことだか、サッパリ分からない。

でも、キレイな虚構、もしくは異世界を見た気がして感動した。
そして何故か、こんな大人になりたい!…と、思った。
この世は虚構なのだと、その時悟ったのかもしれない。

というか…。
井上陽水は
「あしたの 天気は ハレですよ〜」
と歌っても、
きっと感動させてしまう気がする。

それから数年後。
カラオケに行った時、
友達が 『傘がない』 を、歌った。
陽水ファンだったけど知らない曲だった。

マジで暗い!

都会では 自殺する若者が増えている〜

………

行かな〜くちゃ 
君に〜 会いに 行かなくちゃ
君に〜 会いに 行かなくちゃ
傘がない〜

それは、
君に会いに行きたい、行きたくない…ではない。

君に会いに行きたいけど、傘がないんだよね…と言っているのか、
傘がないのを理由に、行けないと言っているのか、
行かなければいけないと分かってるけど、行きたくないのか、
ボクは傘さえないんだよ…といっているのか、
やっぱり、分からなかった。

『傘がない』を歌った友達は、
彼女と別れたいのに、何故か別れず、ずっと悩んでいたから、
きっと、友達の気持ちとしては、
「傘がないから行けないんだよ〜」
と、言い訳的なニュアンスだった気がする。

雨が降っていなかったら、どんな言い訳をするのか、
聞いてみたい気もする。

そんな生ぬるさも、
井上陽水の歌は許してしまうのだ。
…恐るべし。

個人的には、
多少の雨なら、傘なんていらないっしょ。
…と、思ってしまうから、
傘がないことで、悩んだりしないので、
デリケートなその感情に驚かされる。
人間て、
行きたいか、行きたくないかじゃなくて、
その中間のグレーゾーンを行き来するんだな…と、
初めて知った曲だった。

友達は、未だに傘がない事を理由に生きている。
まぁ、そんな人生もありだと、思う。

二人の先輩はどうしているかな?
二人の先輩は、あの時からチャントそんな大人の世界を知っていた気がする。
私はかなり、子供のまま生きていたけど。

大人って、複雑に絡んで、ねじれて、面白い生き物かもしれない。
絡んで、ねじれては、スパイスなのだろう。

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