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優しい人たちに出会った : essay



ある少年と時々、お散歩に行く。

その少年と住宅街をお散歩して、業務スーパーやコンビニまで行く。

その少年とのお散歩はちょっと大変で、
車が来ると飛び出したり、他人の家の敷地に入ろうとしたり、ピンポンダッシュしたり、大声を出したり…。

もし、
君がジャングルで暮らしていたら、
すぐ猛獣に食われちゃうぞ…
と、思う。

そう少年に言うと、
ニヤリっと不適な笑みを浮かべる。

不適な笑みを見て私は、ちょっと冒険している気分になる。
住宅街の冒険。
それは、その少年とお散歩するからこそだ。
大変だけど、私は結構楽しんでいる。


だけど。
他のスタッフからは、少年は敬遠されている。
「あの子は大変」
そう認識されてしまった。

図々しいけど、そう聞くたび、少年の目線じゃなくて、自分の目線に少年を持ってきたがるからじゃない?…と、思う。
少年の目線の世界は冒険みたいで楽しいのに…と。
でも、平気で車に飛び出されたら、誰だって嫌だけど。この世界はジャングルじゃなくても、簡単に猛獣に食われちゃうんだ。


そんな感じでお散歩に行ったある日。
業スーに行くと、コード付きのイヤホンで音楽を聴いている人がいた。
少年はあっという間に私のそばを離れ、その女の人を覗き込んだ。
女の人はビックリして顔を上げた。

「すいません。この子、コードに凄い興味があって…。」

と、私がすかさず謝ると、

「ああ。」

と言って、女の人は少年の補聴器を外し、イヤホンを耳に入れた。

「どう?聞こえた?」

「ううん。」

少年はかなりの難聴具合なのだと推測できた。
女の人は、補聴器を少年の耳に戻すと、

「これを付けると音楽が聞こえるんだよ。」

と、少年に教えてくれた。

「良かったね。」

と、少年に言うと、

「うん。」
と、返事し、
「明後日、また来るんですけど会えますか?」

と、女の人に言った。

「明後日?来るかもしれない。でも、この時間かは分からないなぁ。」

と言った。

「明後日も、会えるといいですね。」

と、少年は大人のような口調で言って、私の頭には『縁』と言う言葉が浮かんだ。

「ありがとうございます。」
と、女の人にお礼を言って別れ、業スーの電気コードの繋がり具合を全て確認した後、コンビニに向かった。

コンビニに行くと、コーヒーマシーンのタッチパネルを押しまくり、

「お金を払ってカップを買わないと、何も起こらないよ。」

と私に言われ、それでも、何かが起こらないか諦めきれないようだった。

「お金ないから、押すのは終わり。」

と、少年に話していると、

「興味あるの?」
と、コンビニのお兄さんが少年に話しかけた。

優しそうなイケメンお兄さんだったのに、少年はたじろいで返事しない。

「すいません。タッチパネルとか大好きで。」
と、私が代わりに返事すると、
なんとお兄さんは、コーヒーマシーンの扉を開けて、
「ここに豆が入って、お湯がここから出るとコーヒーがここから出てくるんだよ。」
と、少年に教えてくれた。
少年はいたずらしないでちゃんと聴いていたけれど、返事もしないでたじろいだままだった。

「ありがとうございます。」
と、お兄さんに言い、

「良かったね。」
と、少年に向き合うと、急に笑顔になりコンビニの奥に行ってしまった。

イケメンお兄さんは、少年を見て、にっこり笑っていた。

…「ありがとう」をちゃんと教えなくちゃと、私は反省する。

今度は、コピー機のタッチパネルを押し出した。

「お金を入れないと何も起こらないよ。

それでも、タッチパネルを押そうとするから、
「変なの押すと弁償しなくちゃいけないよ。弁償できないことはやらない…でしょ?」
と、そこまで言うと、

「これはなんて書いてあるの?」

と、タッチパネルを指して聞いてきた。

読み上げて押しても大丈夫なのを確認して押す、次に戻るボタンを押すを繰り返していると、お兄さんが再び現れて、雑誌をコピー機に置くと、プレビューをしてくれた。

「ほら、雑誌がコピー機に映った。」

少年はにこにこしたけど、お兄さんにたじろいでいるのが分かる。
…怖いもの知らずではないらしい。

「凄いね。」
と、話しかけると、やっぱり返事しない。

「ありがとうございます。」
と、お兄さんに言って、
「ありがとうは?」
と、少年に催促すと、

「ありがとうございます。」
と、もじもじしながら言った。

その後、プレビューをしばらくやって気が済むと、また適当にボタンを押し出し、何かの予約のチケットがプリントアウトされてしまった。

「あ!」

チケットを確認するため見ていると、2000円と書いてある。
実質お金はかからないけど、予約してしまったから取り消しが必要?

「弁償出来ないことはやらない…でしょ? これで、1年間お小遣いなしだよ。」

「えー!もう、お小遣い、使っちゃったもん。」

「自分でやったことは、自分で弁償するんだよ。」

そんなやりとりの後、

「すみません。
これ、プリントアウトしちゃったんですけど、どうすれば良いですか?」

と、お兄さんに聞きに行った。
少年は私の背中で大人しくしていた。

お兄さんも分からないらしく、たまたま店に来たオーナーに確認すると、
「これを買うなら2000円かかるけど、何もしなくて大丈夫。これ、こちらで捨てておきますよ。」
と、オーナーさんが教えてくれる。
安心した少年は私の腕にぶら下がった。
子供の一年は大きくて、少年はかなりの重さになっているのを感じた。

そんな事があったのに、解放されると、電気のコードを辿るのは忘れずに、全てのコードを辿るとコンビニを出た。


「たのしかったー!!」
と、少年はチビなのに、私に肩を組んできた。
「2000円、以外はね。」
「どうして2000円?」
「えー!2000円、弁償出来るの?」
返事しないで少年は飛び跳ねた。

そんな大きめハプニングもあったけど、優しい人が沢山現れた。
少年がこの世界で生きて行くのは大変だろうなぁ…と、思う。
でも。
少年を受け入れてくれる優しい人ばかりだったら?
どうだろう?
全ての人が、それなりに暮らしていける世界になる。
現れた優しい人が、優しい人ではなくて、それが普通になったら。
この世界に弱者とかなくなるんじゃないかな。

そんな世界が体験できて、幸せな気持ちになりました。
そんな優しい世界を見られたのは、やんちゃな少年のお陰です。




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